もーあしび日記

日々の話題や趣味など色々と。

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早くもモジュールを考える???

車輌セットは結構買いますが、レールセットとなるとなかなか買わないものです。

先日の仕事中にモジュールのプランを1つ思いつきました(オイ)
仕事中に幹事しか決まっていない次回のモジュール・オフのネタを考えているのですからオメデタイ思考回路です。

今日立ち寄った中古店で、そのプランに使えそうなレールセットを見つけたので購入してきました。

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ポイントが欲しかった訳ですが、画像の量で1万円ちょっとというのはお得な値段だったのでセットで購入しました。
レールセットを買うなんて、何年ぶりかなぁ・・・。

帰宅後、思いついた配線プランでレールを組んでみました。

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画像の通り、中線のある信号所という設定です。
実物だと、黒砂信号所がこのような配線です。

これだけポイントがあれば待避線2本やヤードにした方が便利そうですが、敢えてこの配線にしました。
と、いうのも、前回のモジュール・オフでもう少し渡り線が欲しい・・・との意見がありました。
渡り線というと、ダブルクロスや同方向の分岐ポイントを組み合わせた片渡りがメジャーですが、エンドレスの運転方向の決まっているモジュール・オフでは渡った後に本線上で方向転換が必要となります。
そこで、本線上で方向転換の必要ない配線としてみたわけです。

この配線だと、折り返しの他、どちらの方向からでも退避線としても使えます。
中線の有効湯長は20m級で12両ありますので、留置線としての使い方もあるかと思います。

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12両以上の車輌を留置する場合は有効長が長い本線に留置し、本線列車を中線通過として運転する事もできます。

さて、線路配置は決まりましたが、電気的にはどうなるか???
選択式のポイントなので、本線側が開通している時は問題ありませんが、中線側が開通すると・・・。
ギャップを切ればイイだけですが、中線に車輌を入れる場合は殆ど停車させるでしょうから信号所内だけでのキャブコンは必須と思われます。
よって、制御盤を自作した方が良いかなぁ・・・。

そして、線路長だけで、2900mmの長さがあり、分割させたとしても収納場所をどうするか???

凝った配線にせず、簡単な留置線や待避線の方がイイような気もします。
今度の呑み会の時にでもクラブ内で意見を聞いてみようと思います。



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  1. 2008/11/30(日) 00:15:16|
  2. 四宮技術区(保線・電力)
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逆転の発想と備忘録

乗り物模型なら何でも創る職場の後輩のY君が、最近完成したクロスポイント製の営団02系を見せてくれました。
程よく煤汚れのウェザリングが施されており、技法を尋ねてみると意外な答えが帰ってきました。

最初に艶消し黒を全体に塗り、下地の黒が薄く浮かび上がる程度に車体色の銀をエアーブラシで吹き付ける…という技法でした。
ウェザリングというと車体塗装を完成させた後に汚しをかける…という方法が定石ですが、先に汚して後に車体塗装を完成させるという正に逆転の発想でした。

世の中にはアタマが柔らかい人がいるなぁ…と、つくづく感じました。


以下備忘録。

往 東1200(船1236)→3035M~4035M→修1406
宿1020→6M→沼1217/1222or1238→三1227or1243/1238or1250→修1311or1324

復 修1235→4028M~3028M→(船1408)東1443
沼1530→6M→宿1729
  1. 2008/11/28(金) 01:35:04|
  2. 日々の事
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試運転へ行ってきました

明け番で帰宅し暇だったので、先日完成させた岳南・ED40の試運転は行ってきました。

試運転コースは、大倉山の『モデルランド田中』さん。
牽引力を試したかったので勾配のある6番線をリクエストし、ED40+ワム11両を試したみました。
平坦では心地よく引き出したくれましたが、勾配にさし掛かると空転し中腹程で止まってしまいました。

鉄コレの片軸駆動動力ではこんなモノでしょうか・・・。
結局、勾配を登坂できたのはワム車2両・・・oz

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もう少し、ウェイト積んだり調整が必要ですね。。。

つづいて、先日購入したEF64-1001+くつろぎ6両。

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これも登坂できず、ED40を後補機に付けて何とか通過できました。

後で店主より聞いた話ですが、この勾配はウスイ碓氷峠と同率の勾配だそうで、普通のF級電機でもかなり苦しいそうです。

頂上には、Ωカーブもあり線形も厳しい路線でしたが、素直に走れたのは先日の運転会でも活躍した京王3000だけという情けない試運転の結果でした。

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その後は、バスで鶴見へ。
鶴見まで来たらついでに・・・と川崎の馴染みの喫茶店まで顔を出し、遅い帰宅になりました。

帰りの京急川崎駅で撮った一枚。

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  1. 2008/11/25(火) 00:37:52|
  2. 日々の事
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忘れた頃に・・・・再び習作のハナシ

製作が止まっていた、習作・京阪1700・1800を少しづつ再開しました。

箱組みが終わっているので、縦雨樋を取り付けます。
目立ちにくいですが、赤丸のパーツになります。

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プラ屋根も取り付けた後なので、ハケ塗りの瞬間接着剤を利用してみました。

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チューブタイプより使い勝手は遥かに良いのですが、乾燥しやすいのが難点でしょうか。

雨樋の取り付け箇所は、前面のすぐ後ろのコーナー部分になります。

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6両の取り付けが終わったので、時間を見て下塗りしたいと思います。

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  1. 2008/11/23(日) 13:25:01|
  2. 四宮電車工場
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京王3000系・1次車のハナシ

ここ2、3日工作の気力が上がらないので、少し前にデキター(゚∀゚)ー!!の話で誤魔化します。

お題のキットは、クロスポイント製の京王・3000系1次車です。
先日の運転会でも走らせた、アレです。

発売早々に買いながら、ダラダラと今まで寝かせていました。

塗装済みの上にパーツの合いも良いので、やる事は少ないのですがポイントや手を加えた場所等。

・前面のFRP部分にある通風口に銀を、上部の尾灯にクリアーレッドを色挿し。
・前面下部の標識灯に焼鉄色を、方向幕Hゴムにグレーを色挿し。

・別売りの板キットの中間車・3100を含め、屋根をGM35にクレオスのジャーマングレーを混ぜて艶消しにした塗料をエアーブラシで塗装

・一体成型の車体の屋根は中央部分が浮く傾向にあるので、ここは接着剤でしっかり固定。

・一体成型の車体へはめ込みガラスは、妻面側を先にはめ込む。

車体の基本部分の色挿しと組み立てはこんな感じです。

続いて、車内の塗装です。

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車内は、床をグレーに、椅子を近鉄マルーンで塗装します。

乗務員室仕切り板は仕切り戸を銀に塗り、客室側は西武アイボリー、乗務員室側をモリタの淡緑色で塗ります。

最後にクハのパイオニア台車のブレーキディスクを銀入れ、適度にスミ入れをして完成としました。

塗装済みキットとはいえ、やる事が意外と多いのです。
  1. 2008/11/20(木) 10:34:50|
  2. 四宮電車工場
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営団7000系箱組み開始

側板の修正で長いこと手間取っていた、営団7000系の箱組みを開始しました。

今回は、2段窓+1段窓編成なので、双方のキットのイイとこ取りをします。
つまり、側板とキノコ妻板は2段窓車、屋根と前面は1段窓車という具合です。

しかし、これが思った以上にメンドクサく、簡単に事が運びません。
側板と屋根の長さが微妙に違ったり、妻面と屋根のカーブ部分が上手く接合してくれなかったり・・・。
妻面と屋根のカーブを合わせる事が最も難題でしたので、以下の方法を取りました。

・裾の長さの合う側板と妻板(狭幅・貫通扉付き・前面)は、裾の底辺を合せてコの字に組んだ後屋根の長さを合せて屋根を接着。最後に妻板を屋根カーブに合せて接着。

・両方共に、キノコ型妻板の場合は、側板と屋根の長さを合せて後屋根に両方の側板を接着、最後に妻板を屋根カーブに合せて接着。

と、いう手順です。
しかし、ポリパテでの修正は必須で、今日の成果は3両だけでした。

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修正の際に削れてしまった雨樋の修正もしなければなりませんので、時間がかかりそうです・・・。
  1. 2008/11/20(木) 00:37:08|
  2. 四宮電車工場
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ちょこっと工作

今日は帰宅も遅く、明日も朝早いので、少しだけ工作。

昨日、岳南のED40と一緒に下塗りしたアルナインの軽便気動車に屋根を取り付けパテ盛りしました。

一晩寝かせて、明日平滑に削ります。

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手前に転がっている屋根は、営団7000系のもの。
こちらもボチボチやって行きます。

ま、途中浮気もするでしょうけど・・・。
  1. 2008/11/18(火) 23:19:09|
  2. 四宮電車工場
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岳南ED40竣工!

天気も良かったので、起きて早々に塗装を開始しました。
長いこと放置していたマスターピースのキットを組んだ、岳南鉄道・ED40を塗りました。

塗装中は作業に熱中してしまい、画像がありません・・・・。

塗装終了後に、運転席側窓のサッシを表現します。

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通常なら銀色で色入れしますが、キットの素材であるステンレスを生かして再現してみます。
サッシ部分を平キサゲで削り、塗料をはがしてゆきます。

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輝くアルミサッシがイイ感じです。

次にステンレスの飾り帯を貼りますが、この作業に難儀しましたが、結局粗が目立つ仕上がりになってしまいました・・・・。

前窓は、別パーツになっているサッシに塩ビ板を貼ってから車体に取り付け、インレタや手すりを取り付けて・・・

デキタ------------(゜∀゜)-------!!!!!!


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茶色がやや明るすぎる気がしますが、まぁエエか・・・・。

で、お約束の場所で記念撮影です。

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気付けば、我が家にもこんなに私鉄電機が増えていました・・・。

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一緒に塗った、小物類も順次組んでゆきたいと思います。

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  1. 2008/11/18(火) 00:12:29|
  2. ラウンドハウス
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大岡山デ“急行”セヨ

予告通りCKCクラブの運転会が大岡山のB_1ワンダーランドさんで開催されました。


先ずは、腹ごしらえという事で0次会を大井町で開催することに。
0次会幹事のあやにゃみ氏会長副会長、1・2次会幹事のクロポ415氏と合流し、大盛で有名なブルドックさんへ。

今回は2階へ通されました。
今回も大盛料理ばかりでして・・・・

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クロポ415氏は、無謀(?)にも大盛オムライスを注文。

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デカいです・・・・・・(汗)

そして、果敢に戦いを挑みます。

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最後の最後で、ノックダウン・・・ながらも善戦しました。

大井町から、東急・大井町線で大岡山へ向かいます。

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最近の東急の電車はこんな車輌なんですね。
大岡山で他の参加メンバーと合流し、B_1ワンダーランドさんへ。

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初めてきましたが、文字通り地下室です。

今回のテーマは『急行』です。

どんな車輌が顔を揃えるかと思ったら、早速事故調が出動したようです。

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しかし、車庫内の脱線・復旧訓練だったらしいです(謎)

先ずは、持参の急行を。
予告通り20系寝台『急行』と、被る事承知で持って来た455系電車『急行』を。

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赤緑氏持参の『急行』と早速被ってます。

電留線には、バスコレ氏持参の223系の臨時『急行』が待機しているようです。

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あやにゃみ氏は、定番(?)の短いEF58+20系急行を持参されています。

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今回、EF58や20系を持参された仲間が多く、EF58と20系は急行車両・・・のイメージを持つ仲間が多い事を実感しました。

会長持参のC55+10系寝台の古き良き時代の『急行』です。

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山肌に沿ったカーブを走る姿はなかなかイイですね。

今回の幹事・クロポ415氏持参の海外の『急行』列車。

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クロポ415氏は、海外の車輌にも詳しく毎回、何かしら持参されています。

大の東武ファン・のび鉄氏が持参された、『急行・りょうもう』。

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東武本線の『急行』というと、不動の地位のあった車輌ですね。

副会長が持参された、ED75と旧客の『急行』列車。

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昔の東北筋を思い起こさせる懐かしい編成ですね。

北海道好きの石炭大盛氏が持参されたキハ56・27のデイーゼル『急行』。

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当たり前のように見られた編成ながら、今では懐かしい列車になりました。


運転会をしていれば、事故調出動となるケースも多々あったりします。

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こちらのレイアウトは配線は面白いのですが、万が一事故が起きた際に回収しズラい場所が多くあったり、線路状態の悪い箇所が多いようで、運転には注意が必要でした。

さて、自分が仕込んだ他の『急行』列車は・・・・・・。

定番の12系・臨時『急行』。

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『急行・ばんだい』の並びをイメージしてみました。

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やはり磐越西線ネタで、『急行・レインボー会津路』をイメージしてみたり・・・・

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私鉄の『急行』とい事で、相鉄5000系の『オカイモノ急行』を。

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名前のインパクトだけは、ありました。

昨夜、突貫で仕込んだパーマン京王3000系を走らせようとしたら、何故か動力車がショートを起こし、分解して暫く調整をするハメに・・・oz

コンデンサーが不良だったよで、取り除いたら快調になってくれました。

東上『急行』と、井の頭『急行』のツーショット。

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JR線上から、『急行』の種別が消えつつある中、私鉄ではこれからも『急行』が活躍するのでしょうね。

楽しかった運転会も、お開きの時間に・・・。

最後は『急行』を並べて記念撮影です。

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この後、二次会と相成りました。
  1. 2008/11/16(日) 00:50:35|
  2. 運転会
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急行を考える

明日てかもう今日ですが、弊CKCクラブの運転会があります。

今回のテーマは『急行』。

鉄道模型復帰のきっかけが、KATO・455系の再生産だったので困るテーマではないのですが、仲間と被りそうなので一捻り。

我が家で455系以外に『急行』として導入した車輌に20系客車があります。
20系というと、一般的には華々しいブルトレのイメージが強いようですが、私の中では寝台『急行』用の客車・・・というイメージなのです。
20系を宇都宮区時代のEF58-89に引かせて、往年の『新星』とか上野発の寝台『急行』を再現してみましょうかね。

カマを最近のタイプに変更すれば、『おが』等の波動用の臨時『急行』にも化けますし・・・。

JRネタなら、客車JTでこれまた繁忙期の臨時『急行』・・・・という手もあります。

私鉄ネタでは、我が家には使えそうな車輌が無く急遽半完成で仕掛品をデッチ上げました。


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さぁ、運転会楽しむぞ!!!

ぱわっち!!!!!!
  1. 2008/11/15(土) 02:51:05|
  2. 運転会
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叡電 デナ300の加工

リハビリを兼ねて、軽く車輌工作再開です。

鉄コレで発売された叡電のデナ300のエラー修正をします。

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上が製品のまま、下が加工済品です。

違いわかりますか? [叡電 デナ300の加工]の続きを読む
  1. 2008/11/10(月) 22:06:27|
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見覚えのある顔

何回見てもパーマンだ・・・・・・。


3000
  1. 2008/11/10(月) 12:09:11|
  2. 四宮電車工場
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感謝祭その後

大津から帰って来た途端に仕事が忙しく、更新が滞っていました。

久し振りに早く帰宅できたので、大津線感謝祭で展示させて戴いたモジュールを修理をしました。
修理と言っても軽微な破損で済んだので、桜の木を植え直して根元にパウダーを撒く程度の作業です。

ブログでは細かい完成披露をしていなかったので、修理ついでにモジュールの撮影をしました。

先ずは、蹴上モジュールの全体象です。

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実際の蹴上駅周辺は複雑な道路構成で、画面左下の荒地にしてある部分は都ホテルが建っています。
しかし、模型では場所がない・・・・と理由を付けて手抜きして荒地になりました。
桜が植えてある土手の下には歩道があるのですが、これも同様の理由で省略・・・・・・・。

それでも、感謝祭で見に来て戴いたお客様からは、「懐かしい蹴上の風景だ!」とか、「桜があって蹴上の雰囲気が出てる!」とのお言葉をたくさん頂戴し、蹴上らしく見えたようで作った甲斐がありました。

遅くなりましたが、お越し戴いたお客様ありがとうございました!!!


さて、蹴上モジュールの様子です。

電車の姿を見つけて走ってきたおっさん。

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横断歩道を渡る歩行者と、撮り鉄・・・

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どちらも、Tomixの昔から出ている人形です。
やや値段が高めですが、ジオコレシリーズの人形より動きがありストーリーが作りやすい良い製品です。
最近は品薄のようでうが、今後も継続して販売してほしいですね。

500型の準急列車が通過した三条方面の乗り場では・・・・・

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時刻表を見るお客さんがいますね。

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目線を下げるとこんな感じです。

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ちなみに、このモジュールでは、停留所や信号機、クルマは運搬を考えて固定されておらず、ケース代わりの百均で買ったタッパーの底面に両面テープで固定して持ち運びます。

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さて、直線モジュールの方は特定の場所はありません。
大津線感謝祭で展示した時は、こんな感じでした。

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車輌とクルマで、80型が登場した頃をイメージした展示にしてみました。

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宿『いこい』の前では、ばばぁ(←これ重要)が宿泊客を出迎えています。

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その脇をマツダのK360がバタバタ音を立てて通り過ぎます。

この直線モジュールも、運搬を考えて人形と建物の基礎以外は固定していません。
プラ板で作った建物の基礎の大きさは合いませんが、建物や車輌・クルマを変えれば別の風景に早変わりです。

少し古い街並みを行く最新式のLRTとか・・・・・

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昭和40年代頃の下町の路面電車とか・・・・

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まだモジュールの材料があるので、今後も色々な風景を作ってみたいと思います。


それにしても、置き場所を確保しないと・・・・・。

  1. 2008/11/09(日) 20:58:54|
  2. 四宮技術区(保線・電力)
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琵琶湖への誘い(3日目・あちこちぶらぶら)

大津3日目の朝は、石山坂本線の電車の音が目覚ましになる皇子山駅近くのホテルで目覚めました。

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ベランダが絶好の撮影ポイントでした。

今日は早めの新幹線で東京へ戻り、蒲田のイベントを見に行く予定です。

新幹線の時間まで、大津線沿線をお散歩。

瀬田の唐橋渡ったり・・・

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駅を観察したり・・・・

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Kマークの電車を記録したり・・・

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トンネルを見たり・・・・

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で、蒲田のイベント後にCKCメンバーと合流して乾杯~!!

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今回は濃い旅行でした。

  1. 2008/11/06(木) 22:37:04|
  2. 日々の事
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琵琶湖への誘い(2日目・大津線感謝祭)

さて、今日は本題の『大津線感謝祭』です。

朝方、横浜から来た昴氏を迎え、会場の錦織車庫へ向かいます。

予定通り82号車の中にモジュールをセットしたり、準備を整えるとあっという間に開場時間。

開催中は82号車周辺に缶詰だったので、会場の様子は殆ど見れてません。
毎年の事ですがね・・・・・。

82号車の車内はこんな感じでした。

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今年も忙しいなりにも時間が取れて、近くで販売されていた電車焼きをゲット。

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凝った作りの型ながら、活躍の機会が感謝祭だけというのは寂しいですね。
味はもちろんおいしゅうございました。

感謝祭も無事に終わり、メンバーで打ち上げ。
2日目の大津の夜も更けて行きました。
  1. 2008/11/05(水) 11:53:43|
  2. 日々の事
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琵琶湖への誘い(長い1日目・その4・大津へ)

近江今津駅で京都行きのへ湖西線へ乗ります。
待っていたのは、関東では懐かしのカボチャ電車。

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程よく暖房の効いた温もりある車内の雰囲気も落ち着きますね。

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湖西線は国鉄時代の開業ではありますが比較的新しい路線なので、殆どが高架線の上を走り線路だけならば都会の地下鉄と変わりません。
しかし、沿線風景は綺麗な段々畑のなるぶ緑鮮やかな田園地帯や模型で作りたくなるような味のある建物が多く見られ、所々で電車を止めて降りたくなる衝動に駆られました。(もちろんやりませんYO!!!!!)

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途中の近江舞子で特急の通過待ち。
ここ、近江舞子は以前は雄松という地名だったそうで、『琵琶湖周航歌』の2番で唄われた“雄松が里
”はこの辺りだったのでしょうか?

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今でも立派に生い茂る松だけは当時のままなのかもしれません。
素敵な車窓の湖西線を比叡山坂本駅で降り、京阪・坂本駅まで日吉神社の参道を歩きます。

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ダラダラとした長い坂道のので、長くはない道のりながらもしんどい道程です。

丁度小腹も空いたので、坂本駅の少し先にある『日吉そば』さんで昼食。
決して、『鶴●そば』が並んで入れなかったからぢゃないからねッ!!!!!

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腹も膨れたので、京阪電車で近江神宮前へ。
錦織工場で、大津の友人と『大津線感謝祭』で公開する京阪82号車の公開準備を。

色々あったけど、夕方前には何とか・・・・。

浜大津駅前のホテルにチェック・インし、明日の『大津線感謝祭』で展示する為に送ったモジュールを受け取ります。
ストラクチャーを並べてみましたが、やや少ないようなので調達に・・・・という理由で模型店巡りです。

先ずは、地元・大津の『レールショップなかむら』さんへ。
在庫整理で出ていた格安のミニカーを購入できました。
気を良くして、大阪まで遠征しマッハ模型さんへ。
大阪駅前の便利な立地なので、関西へ来ると必ず寄るお店です。

大阪地下街を歩いていたら、阪神百貨店はお休みのようで、こんな案内が・・・

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これも統合効果ですかね。

閑話休題。10分程でマッハ模型さんへ。

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HO、Nに限らず幅広く扱っているので、見ているだけでも楽しいですね。
気になるHOの委託品もあったのですが、予算が無くパス・・・。
ここでは、手頃な人形を安く入手できました。

今日の買い物です。

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大津に戻り、友人と一杯。
『大津線感謝祭』の前夜祭を上げて、長い1日目が終わりました。

  1. 2008/11/05(水) 00:14:51|
  2. 日々の事
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琵琶湖への誘い(長い1日目・その3・今日は今津か~♪)

竹生島を後にした私は、今津へと向かいます。
今津では、琵琶湖周航歌資料館の見学が目的です。

琵琶湖周航歌は、滋賀県の出身者なら誰でも唄えるという程県民に愛されている歌です。
この歌には色々と謎が多く、正に迷曲であったのです。
まぁ、この編は追々記して行きましょう。

と、いう訳で今津港へ到着です。

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早速、赤い泊まり火に、今津を唄った琵琶湖周航歌3番の歌詞が彫られた石碑が迎えてくれます。

竹生島にもありましたが、滋賀県内には『琵琶湖周航歌』にまつわる記念碑が多くあり、この歌が滋賀県にとって特別な存在である事が伺えます。

今津港から近江今津駅までの10分程の短い道のりの途中に『琵琶湖周航歌資料館』はあります。
今津の街には古い建物も多く残っているようで、いづれゆっくり訪れてみたいと思います。

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『琵琶湖周航歌資料館』までの道のりにあった街路灯には、『琵琶湖周航歌』の歌詞が1番づつ彫られた銘盤が埋め込まれており、ここ今津は『琵琶湖周航歌』が誕生した地だけあり歌に対する思い入れが特に強いようです。

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さて、お目当ての『琵琶湖周航歌資料館』へ到着です。

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旧・今津町(現・高島市)のビジターセンターを兼ねた施設なので、入場は無料です。
ビジターセンターと言えども、『琵琶湖周航歌』の資料が殆どのスペースを占めており、『琵琶湖周航歌資料館』の名に恥じない施設です。

『琵琶湖周航歌』は謎が多いと書きましたが、誕生の経緯を読んで戴ければその理由が判って戴けるかと思います。

『琵琶湖周航歌』は、大正6年に第三高校(現・京都大学)のボート部が琵琶湖を3泊4日で1周する『琵琶湖周航』という行事の中で作られました。
作詞をしたのは小口太郎という学生で、一緒に乗船したいた谷口謙亮という学生が“当時流行”していた『ひつじ草』という曲の節を付けて歌ったところピッタリと合いこれが『琵琶湖周航歌』となったのです。
その後、歌詞は学生達が補作し今の形となりました。

さて、ここで、一つ目の謎です。
『琵琶湖周航歌』の節となった『ひつじ草』とはどんな曲だったのか???
この謎は長年、研究者の間での一番の課題でした。
この頃は、海外の曲や、既に発表された曲に別の詩を付けて別の曲名とした事も多くあったようで『ひつじ草』もそのような曲ではなかったのか?と考えられており、その曲の解明する研究が進められました。
一説では、小口太郎自身の作曲という見解から小口太郎作詞・作曲とされていたりもしました。
今から25年程前の昭和57年に、国会図書館から『ひつじ草』の楽譜が見つかり、作曲者が吉田千秋なる人物であった事が判明しました。
“当時流行”していた曲がみつかるまでに、長い年月を要した事も不思議な気がしますね。


二つ目の謎は、作曲者の人物像です。
吉田千秋は新潟県出身らしい事までは分かったのですが、他には名前が殆ど見つからず人物像が謎でした。
今津町が、平成5年に『琵琶湖周航歌』75周年のイベントの際に新潟の新聞に吉田千秋の消息を尋ねる広告を出したところ、偶然にも歴史学者であった吉田千秋の父について研究したいた研究者の目に止まり吉田千秋の人物像がやっと解明されたのです。

三つ目の謎は、小口太郎はこの曲が歌われる事を喜んでいなかったという事です。
と、いうのも、音楽にも造旨が深かった小口太郎は自分で『琵琶湖周航歌』に付ける節を決めていたものの、谷口謙亮が付けた『ひつじ草』の節があまりにもピッタリで歌が他の仲間や学校中に広がり
自分の意見を言い出せなかったようです。
作詞者の意思が待ったく反映されない歌も珍しいですね。

そして、一番の謎・・・というより奇跡は、作詞者と作曲者がお互い全く面識が無く顔はもちろん名前すら知らなかった・・・という事でしょう。
小口太郎も吉田千秋も20代半ばの若さでこの世を去っており、『琵琶湖周航歌』がここまで歌い継がれる名曲だとは思ってもいなかった事でしょうね。
もし、二人共に長生きをしていれば、どこかで会っていたのかもしれませんが・・・。

さて、この『琵琶湖周航歌』には6番まで歌詞がありますが、補作されて原作とは違う部分が多数あります。

『琵琶湖周航歌資料館』に展示してあった原作との比較を書いたパネルで何故変わったかそうぞうしてみるのも面白そうですので、1~6番までのパネルの画像を並べます。

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歌1つでも、色々なドラマが秘められている事に感慨深い物を感じ、大津へ向かうべく近江今津駅へ向かいました。
  1. 2008/11/05(水) 00:13:13|
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琵琶湖への誘い(長い1日目・その2・離島訪問??)

長浜鉄道スクエアの見学を終え、次なる目的地へ向かうべく長浜港へ。

途中にこんな看板が・・・

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今日は10/31なので・・・・来年ですか?
気が早い看板ですね(笑)。

長浜港に到着しました。

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長浜港は琵琶湖に10箇所ある港のうちの1つで、長浜駅開業と同時に運航を開始した鉄道連絡船の発着港として開港しました。
現在では定期航路としては琵琶湖汽船が運航する竹生(ちくぶ)島と大津へ2航路ありますが、どちらも遊覧航路の色合いが強く交通の要所としての役目は終えた感があります。

今回、私が乗るのは竹生島行きです。
琵琶湖汽船というと、大津港で見る『ミシガン』や『ビアンカ』の大きな船をイメージしますが、来た船は180人乗りの『べんてん』。

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平日の朝という事もあり、乗客は10数名。
程なく出航しました。

今から向かう竹生島は、琵琶湖北部に浮かび長浜市に属する周囲2km、面積0.14km²の花崗岩が隆起してできた島です。
島内には、宝厳寺と、都久夫須麻(竹生島)神社があり、宝厳寺を神亀元年(724年)に聖武天皇が開基させた事に始まります。
その後、明治政府の神仏分離政策によって都久布須麻神社を分離し今の形となりました。

島全体が宝厳寺と都久布須麻神社の私有地となっており、寺社や数件ある店舗関係者は島外から通って来るので住人に居ない無人島です。

以前から訪問してみたい場所でしたが、今回の訪問はスケジュールの偶然でたまたまの訪問なのです。
長浜の対岸の今津でも寄りたい箇所があり鉄路でツル賀or近江塩津経由を考えたのですが、ダイヤが悪く琵琶湖を横断し竹生島に寄るのが時間的に適当・・・という結論に達したのです。
35分の滞在ですが、以前から訪問したい竹生島を訪問できる上、時間的に有利なら申す事はなくこのルートとなりました。

30分程の船旅を終えて、竹生島に到着です。

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各方面への観光船の発着は多く、3本あるバースがひっきりなしに使われ船を捌いてます。

港を降りると、竹生島が唄われている琵琶湖周航歌の4番の歌詞が彫られた石碑と琵琶湖八景の石碑が迎えてくれます。

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数件のお土産物屋さんの前を抜けるとゲートがあります。

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ここで入島料の400円を支払い、宝厳寺と都久布須麻神社を参拝します。

先ずは長い階段を上ります。

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この階段は祈りの階段とも呼ばれているそうで、165段あります。
作られた時から殆ど手を加えられていないそうで、大きく窪んだ箇所のある1段1段の段差が大きい階段でした。

上りきると、弁才天堂と呼ばれる本堂があります。
名前の通り、本尊である弁財天像を祀っています。

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宮島の厳島神社・我が地元の江ノ島神社と並ぶ日本三大弁財天だそうです。

本堂の隣には三重の塔があります。

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宝物館もありましたが、時間が無いので今回はパス。
次に来る時の課題としましょう。

本堂もずいぶんと高い場所にあるのですね。


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本堂を少し降りた所に、国宝の唐門があります。

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慶長八年に豊臣秀頼により京都の豊国廟の正門に使用されていた極楽門を移築したもだそうで、苔むした桧皮葺の屋根が良い味を出してますね。

観音堂の横から船の廃材で作られたという『船廊下』(これも国宝です)を渡り、都久布須麻神社へ向かいます。

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ちなみに、この廊下は木材によって支えれており、精巧な支柱の組み方には驚かされます。

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こちらが、都久布須麻神社の本殿です。

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伏見桃山城の束力使殿を移転したもだそうで、こちらも国宝です。
この小さい島の中にいくつ国宝があるのやら・・・・。

こちらは、竜神拝所です。

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竜神拝所では、土器(かわらけ)に願いを書いて鳥居へ向かって投げ、投げた土器が鳥居をくぐると願いが成就するそうです。

と、いう事で、私もチャレンジ。

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二枚1組の土器に、1枚目に名前、2枚目に願い事を書き投げます。
残念ながら、鳥居をくぐらず・・・・。

あっという間に船の時間が近づき、港へ戻ります。

途中にこんな物が・・・。

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消防車・・・というか車のないこの島で火から文化財を守る放水銃です。
淡水の琵琶湖は、そのまま湖水を汲み上げても問題なさそうですね。

港に戻り、今津行きの船に乗ります。

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先ほどの『べんてん』よりも多少小さい『いんたーらーけん2』です。

小さい分湖面が近く、去り行く竹生島が大きく見えます。

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岩盤に緑が生い茂る竹生島もやがて小さくなってゆきました。

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  1. 2008/11/04(火) 20:18:49|
  2. 日々の事
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琵琶湖への誘い(長い1日目・その1・長浜編)

さて、予告通り10/31~昨日11/2まで琵琶湖周辺を散策して来ました。
本題は毎年恒例の『大津線感謝祭』のお手伝いですが、今回は色々と見たい所と合わせて遠回りで行く事にしました。

早朝に嫁に最寄の大船駅まで送ってもらい、先ずは小田原へ向かいます。
我が最寄の大船駅から東海道新幹線で西方面へ向かう場合新横浜駅の利用が一般的ですが、時間帯や列車によっては小田原駅の方が便利な場合があります。
今回の場合、新横浜乗換えよりも1時間弱(余裕を持って乗り換える場合)遅く出ても同じ列車に乗れるのです!!!

西へ向かうのに一旦東(東京)方面に向かう・・・という矛盾を味わなくて済むのも、気分イイですし。

乗るのはこの列車です。

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で、使われる機会が減るであろう乗車位置で待ちます。

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やはり、特急型の車内は快適ですね。

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ちなみに今回のルートは、大船~小田原~米原~長浜です。

小田原から『ひかり401号』で米原に向かいます。

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この『ひかり401号』は、数少ない小田原停車の『ひかり』の上、米原も止まるので今回の旅にはピッタリの列車です。
しかし、人気がある列車のようで、禁煙の普通車指定席が取れずグリーンに。
まぁ、たまには良いでしょう。

『ひかり』に乗るなんて、何年ぶりでしょうか???
気分的にか『のぞみ』よりも、ゆったりと窓の風景が流れるように感じますが、1時間40分程で米原に到着。
やっぱり新幹線って速いですね。

米原からは、十ン年ぶりの北陸線です。
大きくカーブして、東海道線と別れ田んぼの中をひたすら走ります。

途中、交直セクションのあった田村駅を通りましたが、直流電化となった今では線路の少なくなった構内が虚しく広がっているだけの小さな駅です。
田村を過ぎて間もなく、今回1箇所目の目的地長浜に9:11に到着しました。

ここで次の行程までの50分程の空き時間を利用して、長浜鉄道スクエアを見学します。

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ここは、旧長浜駅舎を中心に長浜鉄道文化館・北陸線電化記念館から成り長浜駅と北陸線を中心とした資料を展示しています。
9:30~というやや早い時間からオープンしているので、今回の訪問では好都合でした。

早速、入館してみます。

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門を入ると北陸線各所で使用されていた、石彫りのトンネルの銘板が並びます。

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大量輸送の為に勾配の緩い新線切り替えや、複線・電化等で役目を終えた物ですが、峠超えに苦労し難工事で貫通させたであろうトンネルが無用の長物となった時、作った人達の思いを想像すると複雑な気持ちになります。

その隣には、開業以来80年間使われた長浜駅・旧29号分岐器(ポイント)が展示されています。

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分岐器というのは繊細な部分が多く痛みやすいのですが、この旧29号分岐器は使用頻度の少ない側線に設置されていた事が幸いし80年という長きに渡って使用されました。
鉄道黎明期にイギリスから輸入された貴重な生き残りであった為に昭和36年に旧長浜駅舎と共に鉄道記念物に指定されています。

入り口で300円の入場料を払い、旧長浜駅舎を見学します。
内部は、人形により現役当時を彷彿させる演出がなされています。

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木材を多用し、シックにまとめられた駅舎内は当時のままを維持しており、手入れの良さを伺わせます。

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駅舎内を歩く、『ミシッ!ミシッ!』と床が鳴り古い建物であることを実感させられます。

駅舎の見学を終えて、隣の長浜鉄道文化館へ。
ここは、長浜駅・北陸線の歴史についての資料が多数展示されています。

長浜駅は今では北陸線の途中駅ですが、敦賀までの北陸線の始発駅として開業しました。
程なくコマ切れ開業を重ねていた東海道線の一部として関ケ原~長浜間も開業しました。
長浜~大津間に琵琶湖を渡る鉄道連絡船を運航し、大津~神戸間への連絡輸送を担う接続駅として大きな役目を果たしました。
その後、東海道線が関ケ原~米原~膳所と琵琶湖東岸を走るルートと、米原~長浜間の北陸線が開業し接続駅としての役目を終えました。
1957年に敦賀~田村間が交流電化さると同時に交流電化となりましたが、大阪地区から新快速列車を直通させる為に長浜まで直流電化される事となり、坂田~田村間の交・直デットセクションが長浜~虎姫間へ移り北陸線直流電化東端の駅として再び大きな役目を担いました。
2006年には敦賀まで直流電化され、長浜駅は一般的な途中駅となりました。

輸送形態の変化に対応しながら輸送の大きな役割を担ってきた長浜駅の歴史は短い時間では見切れない程でしたが、特に気になった展示を。

開業時の長浜駅の模型です。

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一番驚かされるのは、琵琶湖の近さ。
今でも長浜駅から琵琶湖までは遠くないのですが、ここまで近かったのですね。
入館時に貰ったパンフレットに掲載されている昭和33年の写真でもこの模型と同じ程度に琵琶湖があった事が伺えますので、50年程の間に埋め立てられたようです。

そして、交流電化時代の田村駅の写真と配線図。

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先ほど通ってきたばっかりに、変貌ぶりには驚きます。
そして、交・直連絡に活躍した機関車ED30型。

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昨今のネタで勝負の鉄道模型界では有名な(?)題材ですね。

今も正確な時刻を刻む100年前に駅で使われていた時計。

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時計を維持してきた職人業に脱帽です。

ちなみに、この建物のの鴨居部分にはHOゲージのレールが敷かれており、決められた時間に運転されます。

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続いて北陸線電化記念館を見学します。
ここには、北陸線で活躍したD51-793とED70-1の2両の機関車が収蔵されています。

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どちらしっかり管理された完全な屋内展示の上長浜鉄道スクエア開館に際してリニューアルしたようで、状態は最高です。
個人的な好みからすればED70よりは東北で活躍したED71の方が好きな形態なのですが、このED70-1は現存する唯一のED70で歴史的にも技術的にも貴重な1両なのです。

折角の貴重な機関車ながら、狭い館内なので良いアングルで撮影できる方向が限られます。
その方向に日の丸なんて・・・・oz

とりあえず反対からも・・・。

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この電化記念館で配布されているED70型のパンフレットは、国鉄の公式パンフレットを復元したような作りで、ファンとしては嬉しくなります。

ちなみに、屋根上見学用の展望デッキもありますが、特徴的なED70の機器の眺めは・・・oz

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かなり急ぎ足でしたが第1目的地の見学を終えて、次なる目的地へ向かいます。

  1. 2008/11/03(月) 23:10:09|
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