もーあしび日記

日々の話題や趣味など色々と。

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雪残る会津へ~第1章 春浅き野岩路へ

コトの始まりは、某日某所での幣倶楽部メンバーとの呑み会。
その席上で、『AIZUマウントエクスプレス』こと、会津鉄道・キハ8500型が引退するらしいという事が話題になりました。

後日確認すると、新車が竣工しだい引退との事で都合の合ったAR-2氏と乗りに行く事にしました。

早朝、待ち合わせの某駅へ。

久し振りに降りたら、ココはドコ???ワタシはだーれ???状態の変貌ぶりにビックリ。
偉大なるチ※ットの入り口のイメージがありません。。。。

で、氏と待ち合わせて下町のターミナル駅浅草に。


 IMG_4929.jpg

駅は決して大きいとはいえませんが、ターミナルらしい独特の雰囲気が漂います。

頭端式のホームには、会津田島行きが発車を待っています。

IMG_4931.jpg

会津鉄道へ向かうのならこの列車でも良いのですが、今日は贅沢(?)に後発の『けごん1号』で向かいます。

IMG_4932.jpg


実は、二人とも東武100系には初乗車なのであります・・・。
この車輌、プラグドアを採用していたのですね。

IMG_4933.jpg

保守的なイメージのある東武の車輌において、少し意外な気がしました。

指定された席は2号車。
前方の乗車口に向かいますが、浅草駅の業平橋側は大きくカーブしており大きく隙間が開いています。


IMG_4935_20100324002810.jpg


この隙間は模型並みですな・・・。

いよいよ車内へ。
シートモケットの色の所為か、少しやつれた感があります。

IMG_4936.jpg

登場から約20年。そろそろ疲れも出てくる頃ですかね・・・。

しかし、疲れていてもバブル期の車輌だけあって、各席にはフットレストを装備。
豪華な雰囲気はあります。

IMG_4937.jpg

以前は、シートに組み込まれたスピーカーからマルチチャンネルの放送もあったそうで、飛行機のようにオリジナルの番組があったりしたのでしょうか???
その頃のマルチチャンネルでオリジナル番組を流していたなら、テープ放送だったはずです。

さて、発車までは間がありますが、そこは呑み鉄二人旅。

本日の行程の安全祈願でかんぱーい!!!!


IMG_4938.jpg

で、こちは朝食用に買った浅草駅の“駅弁”です。

IMG_4941.jpg

パッケージの通り普通の五目釜飯ですが、私鉄駅の駅弁というのはかなり珍しい存在です。
どうせなら、パッケージイラストの蒸機が、『なりひらネルソン』なんかだったらなぁ・・・なんて考える人は他にも・・・・・・・・・・・・・・・・・・








いるわけないですね・・・・。

『けごん1号』は伊勢崎線を北上します。
伊勢崎線を北上するなんて、実に久し振りです。

途中でこんな電車ともすれ違います。

IMG_4942_20100324002851.jpg

一昔前には考えられなかった光景ですね。

朝から呑み鉄をしながら2時間弱。
下今市で下車して日光線へ行く『けごん1号』と別れます。

IMG_4945.jpg

三連休明けの平日朝の列車ということもあってか『けごん1号』の車内は閑散としていましたが、下今市では思いの外多くの乗客が下車しました。
殆どビジネスマン風の客で、ビジネス需要もそこそこあるようです。

下今市からは、6050系の快速・会津田島行きへ乗り換えます。

IMG_4944_20100324003018.jpg

実はこの列車、浅草で見送った列車なのです。
『けごん1号』と20分差で下今市まで逃げ切るとはナカナカの俊足ぶりです。

車内は固定クロスシートですが背もたれのモケットに厚みがあり、テーブルも固定の小型テーブルだけではなく折畳みの大形テーブルも備えてあり、100系には劣るものの素晴しい作りです。

IMG_4946.jpg IMG_4949.jpg

また、妻板上部には行き先を示す方向幕も備わり、長距離分割運用に多用するこの系列らしい装備があります。

IMG_4948.jpg

ところでこの方向幕、車外と共通のようですが『試運転』なんてコマも表示できるのでしょうか???
できるのなら、ちょっと見てみたい気がします。
もちろんそんな列車には乗れないでしょうが・・・。

で、同行のAR-2氏が是非やってみたかった事があるそうで、鞄の中をガサゴソ・・・。
出てきたのは・・・。







[雪残る会津へ~第1章 春浅き野岩路へ]の続きを読む
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  1. 2010/03/26(金) 21:10:49|
  2. 日々の事
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運転会行ってきました。

今日は泊まり明けで、職場の後輩主催の運転会でした。
場所は高尾のレンタルレイアウト・N広場さん。

IMG_4922_20100322212946.jpg

相変わらず広いです。。。。

今回は、他職場の方も多数訪れ普段話せない方ともゆっくり話す機会が持てました。
特に技術系の方は貨物好きが多いようで、先日完成させた青い小さなワフやキワ物気動車はウケてくれました。




我が家では相棒のいない京急700(Ⅰ)型も、後輩持参の京急1000型と並んで1枚。

明日は、早朝からお出かけです。
  1. 2010/03/22(月) 22:01:52|
  2. 日々の事
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工作お休み・・・・

でも、嫁に頼まれた工作をしました。

嫁の勤務先の福祉施設で使う道具だそうで、初めてのアクリル工作に手を焼いていました。

そんなんで、今日は模型工作はありません。

明後日の明けで運転会。

準備もしないと・・・・。
  1. 2010/03/20(土) 23:56:27|
  2. 日々の事
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そろそろ・・・

6月に企画されたモジュールオフに向けてそろそろ考えないといけないのですが、ネタが思いつきません・・・。

収納場所の問題もあり、何を作るか実に迷います・・・。

さて、どうするべ???
  1. 2010/03/19(金) 22:47:15|
  2. 四宮技術区(保線・電力)
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休日の赤い疾風~京急700(Ⅰ) ~番外編

先月完成した京急700(Ⅰ) ですが、南洋物産の『GreenMax社製京急旧600用はめ込み窓ガラス』が入手できたので追加加工してみる事にしました。



パーツは前面窓2両分と、側面のドア窓・戸袋窓が4両1セットになっています。
側面は750型の方にイスを取り付けているので、今回は前面窓のみの加工としました。

前面窓は殆ど加工することなく嵌められましたが、今回は1枚だけやや隙間の開く物があり、クリアーのゴム系接着剤をやや多めに塗り隙間を誤魔化しました。

で、加工前との比較です。

IMG_4916.jpg

右・加工前。
左・加工後。

結構違いが出ますね。

そして、側面から。

IMG_4917.jpg

このツライチ感がイイですね。


おまけ・・・・

IMG_4919.jpg

今日、出先で見た赤い電車。
残り20両だそうで・・・。
その割に遭遇率が高い気がします・・・・。


  1. 2010/03/18(木) 20:14:53|
  2. 四宮電車工場
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小さな青ワフ

久々の半田付けで気持ちよくなった勢いで購入してしまったのが画像のキット。

IMG_4870.jpg

相棒になる電機はいるので以前から欲しいと思っていたキットでした。
で、早速キットを開封してみます。

IMG_4872.jpg

画像の物の他にインレタが付属し、別途購入品はテールライトと車輪、カプラーというところです。
キット組み立てのコツは、製造元のkitcheNさんのHPに解説されいるので参考になるかと思います。

まぁ、KitcheNさんのキットは組みやすく迷わず組めます。

IMG_4873.jpg

外張りと内張り、貨物室の妻板とデッキ側の仕切りを半田付けしたら、デッキの屋根から暖簾のように垂れている部分(丸かこみ部分)をカットします。

IMG_4874_20100318001947.jpg

雨樋と上部のドアレールが一体となるように注意しながら、荷物室扉を半田付けします。
荷物室側妻板上部に通風器を取りつけますが、小さいので取り付けにやや難儀します。

IMG_4876.jpg

デッキ側の床板部品を加工して取り付けたら、デッキ側の妻板を取り付けます。

IMG_4877.jpg

これで車体はだいたいカタチになりました。
キットでは解放テコが付属しているのですが、取り付け後に曲がって見苦しくなったりするのも嫌なので、あっさり省略。
取り付け穴を埋めておきました。
テールライトは、適当なジャンクからデッキ側を銀河のNo.23、貨物室側はキット付属の反射板を挟んでお馴染みNo.62を取り付け塗装に入りました。

先ずはプライマーと下塗り。

IMG_4881.jpg IMG_4886.jpg

屋根上にガーランドベンチレーター1つ取り付けたら、いよいよ青を塗ります。KitcheNさんのHPによればGMのNo.22を塗ったそうですが、HPの画像やマイクロの製品よりもくすんだ感じになってしまいました。

IMG_4887_20100318002030.jpg

実車を見た事が無いので何とも言えませんが、当時の写真や模型の作例等ではもう少し明るいイメージがあったので若干の白を加えて吹きつけました。

IMG_4891.jpg

画像では差が分かりづらいのですが、随分と明るくなった感じがします。
やはり画像では随分と明るく見えますが、実際はもう少しくすんでおり、この辺が明るい青のイメージを持った所以かもしれません。
実際にどんな色合いだったのか、ご存知の方がいらっしゃったら教えて戴けると幸いです。

で、細部に色入れしてインレタを貼って、最後にクリアーを吹きつけ中です。

IMG_4895.jpg

乾燥中に床板の加工です。
キットにも床板は付属していますが、手元にあった鉄コレ貨車の床板を当てたらサイズ的に丁度良く、金属製の床板の組み立てもめんどくさそうなのでこれを利用しました。
こんなところで実車のタネ車が見えてきたりして、模型工作の面白さですね。

IMG_4897.jpg

幅や長さを現物合わせで削り(車体側も一部削りましたので塗装前に行うのが正解です。)、デッキ側は床板の関係でカプラー取り付け部分直前までとデッキ側の制輪子をカットします。
制輪子は後ほど使いますので、保管しておきます。
また、両側に再現されいるブレーキテコ(?)を片側でけカットします。

カプラーポケットは、走行用パーツに付属する部品を使います。
貨物室側はそのまま取り付けデッキ側は一番短いカプラーポケット延長パーツを挟んで取り付けますが、床板の関係でカプラーポケットの取り付位置を現物合わせで少し下げてあります。
実用上は問題なさそうです。

乾燥した車体にガラス、テールライトレンズを取り付けます。

IMG_4899.jpg

そして、床板を取り付け(殆どガタはなかったのですが念の為に両面テープを使用しています)ます。
床板を取り付け後、保管していた制輪子を取り付けます。

IMG_4900.jpg

取り付け位置はデッキの床板になります。

これで工作は完了。

デキターーー(゜∀゜)ーーーーー!!!!!!!

IMG_4901.jpg IMG_4903.jpg

KATOのワフ101と比較。

IMG_4904.jpg

こちらは機関車との比較。

IMG_4906.jpg

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まぁ、機関車やKATO貨車は少し大きめの設計ですが、それを差し引いても小ささがわかりますね。

で、自分の掌に載せてみると大きさは親指程度ですね。

IMG_4910_20100318002246.jpg

こんな小さな車掌車でもしっかりと列車に必ず連結され、貨物列車の運行には不可欠な存在でした。
何時の間にか西武の貨物列車も無くなり、今月末には機関車も廃車になるそうで寂しい限りですね。

実物とは逆に、模型ではこれから活躍させてやりたい車輌です。
  1. 2010/03/18(木) 08:15:08|
  2. 客貨車区
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ケサブローとCO8

いつの間にか、カーコレ第9弾が発売になっていたのですね。

とりあえず欲しい物だけ開封売りの店でGETしてきました。



今回は、シリーズ初の3輪トラックが入った事が魅力ですね。
この3輪トラックは結構好きなジャンルで、一時期本気で買う事を考えた程です。

さすがに最近は見なくなりましたが、自分が子供の頃には最後の現役世代が辛うじて活躍しており、福島のジイちゃんの家なんかに遊びに行った時によくケサブローこと、K360を見ました。

CO8のような大形の3輪トラックは360ccの軽3輪よりも早く生産が終わっており、自分もあまり見た記憶はありませんが、旧車のイベントを除いて本当の意味で私が最後に見た3輪トラックはこのCO8でした。

小学生の時、親父のクルマで普段は行かない※沢町の方へ行った際に農作業に活躍する姿を目撃してブッタマゲた強烈な思い出が残っています。(ネタっぽいけど本当の話です・・・)

ちなみに、次にブッタマゲた3輪トラックの思い出は、某イベントで画像のような状態で売られていたケサブロー。

IMG_4912_20100318002245.jpg

果たして、買い手はいたのでしょうか????
  1. 2010/03/18(木) 00:38:53|
  2. 自動車部
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気分転換の工作

急に半田付けがしたくなったので、在庫のキットからいそご車輌の横浜市電1500型を組んでみる事にしました。



側面は真鍮に前面はホワイトメタルという組み合わせです。
側面はп型に折り曲げ済みの外張りにサッシや扉を表現した内張りを貼る典型的な工作で、車体裾に合せて内張りの裏穴から半田を流せばOK。
乗降扉の片側をパーツで嵩増しすれば側板は完成です。
特に難しいところもありません。

しかし、前面と組んだ側板の接合には少し難儀します。
説明書では、エポキシ接着剤か瞬間接着剤で・・・となっていますが、この1500型の前面はかなり大型のパーツであるにも関わらず糊しろが全く無く、前面パーツの断面の精度が悪く側面と接合した際に大きな隙間が出来る箇所もある有様・・・・。
接着剤のみの接合で大丈夫か不安です。

そこで、タブーではありますが知り合いのプロモデラーがやっていた技、半田付けで。
接合箇所をしっかり位置決めし、半田を流す箇所にやや多めにフラックスを塗ります。塗るというより垂らす感じです。

半田を気持ち多めにコテに取り、フラックスの上に落とします。
この時、ホワイトメタルのパーツにはコテを当ててはいけません。
少し冷めたら、必要に応じてフラックスを足しながら半田にコテを当て軽く流します。

IMG_4868.jpg


半田は少量でも接着剤以上の接着力が得られますので、しつこく流してやる必要もありません。

この方法はフラックスを冷却材として利用した方法だそうですが、プロモデラー氏曰く「お勧めしない工法・・・・」だそうで・・・。

これで、前面と側面がしっかりと接合されました。

IMG_4867.jpg

隙間には、ポリパテを盛って車体は完成です。

このキット、最近のガレージキットにしては珍しく精度が悪く組み辛い方で、この後の工作でも寸法が滅茶苦茶な部品があったりしました・・・・。

まぁ、キットに文句言っているうちは未熟者ですね。
いい勉強をさせてもらいました。




  1. 2010/03/15(月) 13:29:02|
  2. 四宮電車工場
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4色目のステンプラカー  その2



こんな画像を投稿するのは何回目なんだか・・・・・。

と、いう事でステンプラカーこと京王3000系の製作をまたも始めました。
今回はライトグリーンの18Fを作ろうと思います。
今まで、青系2本、サーモンピンクと作ってきたので、並べた時の面白さを考えるとライトグリーンかなぁ・・・・と。

この18Fは、初めて全車に集中型クーラーを搭載した編成で、集中型クーラー搭載車のみで構成された編成としては唯一FTUR-375-205で統一され、Tc車の台車もパイオニア台車を履いている過渡期を象徴するような編成です。

今回も車体と屋根は別々に塗装し、塗装後に取り付ける方式で組みます。

このキットは凡そ合いがイイのですが、リブだけを頼りに組むと先頭車・パーツNo.1側の運転台側に屋根との隙間が開く傾向があります。
前面と1側・側板を接着する際は屋根を仮組みして現物合わせで組むようにします。

個人的には、このキット最大の注意点のような気がします。
  1. 2010/03/12(金) 23:14:36|
  2. 四宮電車工場
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夢のバスコレクション

子供の頃に、ニシキのダイカスケールのバスで遊んだ記憶をお持ちの方も多いと思います。
お馴染みの日野RE100スタイルの路線バス以外に、『二階建バスシリーズ』なるシリーズが存在します。

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取扱店は少ないようですが、私は街のおもちゃ屋で購入しました。
購入したのは画像右から『全日空バス』・『横浜市営バス』の3種類です。

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外箱のラインナップによれば、No1000~No1013の品番の付いた物の他、姫路セントラルパークのバリエーションが存在するようです。
調べた訳ではなく憶測ですが、姫路セントラルパーク内での販売とかなのかもしれませんね。

外箱は共通の物で、正面窓下に製品名が書かれたステッカーが貼られています。
箱のイラストに描かれた二階建てバスは、横浜市営のブルーライン(日産ディーゼル製/スペースドリーム P-GA66T)ですね。

IMG_4796_20100304110648.jpg

側面の注意書きのステッカーは、光沢紙にしっかり印刷された物と普通紙に印刷したような安っぽい紙に印刷された物もあり、興味深いですね。

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さて、箱を開けてみます。

IMG_4799.jpg IMG_4798.jpg

左の『全日空バス』は発泡スチロール、右の『京阪バス』は軟質の透明ブリスターで、この流れは路線バスシリーズと同じようですね。

ボディは3種類ありますが床下は共通です。

IMG_4800_20100304110722.jpg

3種類のボディを私の購入品から品番順に紹介します。

No.1003 全日空バス

1980年代初頭に巻き起こった日本での二階建てバスブームの牽引役となった、ドイツ・ネオプラン製のスペースランナーをモデルにしており、このバスモデルシリーズでも最多の形態です。

IMG_4806.jpg IMG_4807.jpg

張り出したバンパーや、弧を描く二階部分のガラスの表現等、画像では分かりにくいのですがなかなか良い再現がされています。
もちろんテール部分の灯火等もモールドでしっかり再現されており、設計者の拘りが感じられます。
路線バスシリーズ同様に前扉は内側に、中扉は左側へスライドして開閉できます。

ちなみに、『全日空バス』という名称ですが、全日空がバスを持っていたわけではなく、全日空のパック利用者向けのツアーバスでこの塗装で運行していたネオプランは沖縄・琉球バスにいたようです。
琉球バスには、4台のネオプランの2階建てバスが入っており、うち1台の廃車体が近年まで恩納村58号線沿いにありました。
今では片付けられてしまい撮影しなかった事が悔やまれます。

この形態は常磐交通にもおり、平~郡山~会津若松間の特急バス(磐越道開通前なので一般道を通っていた)に使用されていた姿を一度見たことがありますんで、是非常磐交通カラーが欲しいところです。


No.1005 『京阪バス』

こちらも1980年代の二階建てバスブームの一翼を担った輸入二階建てバス、ベルギー・バンホール製『アストロメガ』をモデル化しています。

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流線型のネオプランのデザインに比べて角ばって少し野暮ったいボディを再現し、塗装だけでお茶を濁す事なく別の金型を起こし一番目立つ丸型のヘッドランプもしっかり再現されています。

ちなみに、京阪では定期観光路線に導入され、『グランパノラマ』の愛称が付けられました。
この愛称は後輩のエアロキングにも引き継がれて現在も使われています。

No.1007 ブルーライン

何故かこの製品は、外箱窓下のステッカーに『横浜市営』ではなく愛称の『ブルーライン』の名が印刷されています。
純国産二階建てバスとして初めて販売された(特殊な試作を除く)日産ディーゼルのスペースドリームをモデル化しています。

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モデルは、輸入車には無い角ばったデザインを多用し近代的な雰囲気の純国産バスをしっかり再現しています。
二階建てバスシリーズでこの金型を使用しているのはこのブルーラインのみだと思われますが、わざわざ金型を起こし、外箱のイラストやストライプの色等ブルーラインを結構意識しているような気がします。

この『ブルーライン』は定期観光や貸切ではなく、横浜の観光地を回る一般路線に投入されました。
実車が登場して間もない頃(まだ幼稚園だったかな)に亡き父にせがんで乗りに行き、期待に胸を膨らませて中扉から乗り込んだら路線バスと同じ運賃箱が鎮座しており変な感じがした事を覚えています。
狭い階段を上がって二階から見た景色は全く覚えていないのに不思議なモノです。。。。

このスペースドリームは、僅か14台で製造が打ち切られ、複数入った事業者は横浜市営の3台と十王観光のみだったそうです。
個人的な好みですが、デザインでいえば日野のグランビューバスやエアロキングよりも好感が持てます。


豪華を売りにした二階建てバスブームから30年。
今でも多くの二階建てバスが活躍していますが、大半が安い運賃での大量輸送を目的とした相反する目的で導入されています。
二階建てバスの設計思想からすればこちらの方が利に叶っているのでしょうが、バスファンとしては30年前の二階建てバスブームの方が夢があって楽しいような気がします。

貴方も、800円で30年前の夢を買いに行きませんか?






  1. 2010/03/12(金) 21:26:35|
  2. 自動車部
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おでかけしてきました ~三月の沖縄~

おきなわマラソンを走った翌3月8日、朝はノンビリ起きて嫁の両親と南部へ沖縄そばを食べに。

そして、午後の早い飛行機で帰宅。

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沖縄二泊三日は早すぎるなぁ・・・・・・。
  1. 2010/03/11(木) 11:16:24|
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おでかけしてきました ~三月の沖縄・3~

沖縄初日の夜は、嫁の両親と3人で近所の飲み屋で前夜祭。
明けて翌日は、昨年に引き続き義父とおきなわマラソンへ参加します。

スタート場所の県立の総合運動公園へ向かい、軽いストレッチ等で体を温めます。
ゼッケン順に並ぶなので、義父とは離れてしまいましたがゴールでの再会を誓って・・・・予定通り9:00に号砲が鳴りスタート。

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おきなわマラソンは、2回目、フルマラソンは4回目の挑戦です。
前回は昨年末に走って、自分では最悪の出来だったNAHAマラソン以来の出走なのでタイムよりも納得できる走り方で完走する事が今回の目標です。

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スタート付近では、各種キャラクターが見送ってくれますが、琉球新報のりゅうちゃん以外はよくわかりません・・・。

スタートから暫くは平坦なコースなので、足取りも軽くなり飛ばしたくなりますがここは我慢。
飛ばさないように制限しながらゆっくり走ります。
10キロマラソン位なら思いっきり飛ばしてみても良いのかもしれませんが、この先を考えてゆっくり余裕を持たせておきましょう。(すぐになくなりますが・・・・)

今回は時計を忘れてしまい、携帯電話の時計でペースを測ります。
今のところ7分/km。

自分の中では平均的なペースです。
この時計は秒針が無いので10秒でも50秒でも同じ時刻が表示されます。
大きな差がありますが、まぁ、参考程度にしているので気にしません。

10キロ前後から上りが始り、程なく勝連城址の下を通過。

IMG_4848.jpg

勝連城址では、先日の地震で崩れて石垣の様子が見えました。

さて、勝連城址入り口では少年エイサーに応援されながら通過し、本格的な上り坂が始ります。
ここから12キロ付近まで上り、15キロ付近までの3キロの間にアップダウンを繰り返し、15キロ付近は12キロ付近と同じ60m位の標高です。

その先の2キロで45m下り、小さなアップ・ダウンを繰り返しながら中間地点付近で50mまで標高を登ります。

このアップ・ダウンこそがおきなわマラソンの醍醐味ともいえるコースの面白さの一つです。

そして、中間地点を過ぎると急な上りが始まります。
上ったたかと思ったかと思えば大きく下り、下った以上に上らされる・・・というコースが続きジワジワとサミットの標高100mを目指します。

さすがに、ここまで走りっぱなしではなく無理せずに歩いたり給水を小まめにしながら体調を整えながら完走を目指して進みます。

そんな事をしていても、7分/キロのペースは保てているようで一安心。
回数を重ねた事もあるのか、コースはきつめですが、今回は今まで一番体が楽です。

28キロ付近でサミットの標高100mに達し、程なく嘉手納基地第2ゲートへ。

IMG_4850.jpg

このゲートの先は沖縄の中のアメリカ・・・・・・。
無駄とも思えるような広大な敷地に綺麗に並んだ緑の芝・・・・。
ゲートの外とは明かな別世界です。

そんな不思議な光景の中を暫く走り、第5ゲートから再び沖縄の地へ。
ゲートを出ると再び上り坂が続き、琉陽高校を過ぎるまで3キロ程続きます。
その先は2キロで標高を60m程下り、1キロで再び20m程上ると大きな上りはなくおきなわマラソンのヤマ場を越えました。

この先は4キロほど小さなアップダウンを繰り返し40キロ地点へ。

いよいよゴールまであと一息。
ここまで、最初と同じ7分/キロのペースを保っており、体もすこぶる調子が良く止る事がありません。

この先は、一気にゴールまで下ります。

ペース上げる気はありませんが、この調子で行けば5時間を切れそうな勢いです。
気分は高まりますが、体は追いつきません。
ペースを落とさない事を目標に走り、いよいよ競技場内のトラックへ。

そして、最後の力を振り絞り、ゴール!!!!!!

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タイムは4時間49分06秒。

IMG_4862.jpg


前回よりも大きく短縮できました。
健康の為にやっている事なのでタイムは気にしていませんが、短くなるのは嬉しい事ですね。
初めて走った一昨年のNAHAマラソンが参考タイムで5時間25分代でしたから、1年ちょっとで、31分縮められた事になります。

これは、自分の練習成果もあるでしょうが、何より自分がマラソンに出ることを支えてくれるスタッフや沿道のボランティア、応援をしてくれる人達があっての事です。
本当にありがとうございました。

今回、走りながら今度は沿道で応援してみたいと思いましたが、応援しているうちに走りたくなってします自分がきっといるでしょうから暫くは無理かなぁ・・・・・。

最後に、今回のマラソン参加を支えてくれた家族に感謝します。

ちなみに、義父は中間地点で古傷の膝が痛み出しリタイアしたそうですが、古傷を押しても参加する義父のチャレンジ精神にはつくづく脱帽です。
  1. 2010/03/11(木) 01:12:12|
  2. 日々の事
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お出かけしてきました  ~3月の沖縄~2

複雑な気持ちで海軍壕公園を後にし、クルマを走らせていたらJefを見つけたので入ってみる事にしました。

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JefはA&Wと並び、沖縄のみにあるファーストフード店です。
クルマを止めて注文するスタイルのドライブスルーの感じもA&Wとそっくりですね。

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Jefの特徴は、ハンバーガー系のファーストフード店ながらご飯モノのメニューも豊富で、ハンバーガーも沖縄独特の食材を使った『ぬ~やるバーガー』とか、『ソーキバーガー』、『ゴーヤーバーガー』等のメニューがあり、正統派(?)のハンバーガーメニューを展開するA&Wとはまた違う店舗です。
ただ、沖縄南部に5店舗しかなく、全島的に展開するA&Wより行くチャンスは少ないようです。(ワタシ的に・・・)

注文したメニューは、ゴーヤーバーガーとポテト、オレンジジュースのセット

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ポテトは普通ですが、注文しなくてもポテトにケチャップが付いて来るの沖縄らしいですね。
今回オレンジジュースを注文したのは、A&Wのオレンジジュースと飲み比べたかったからで、早速試飲。

やはり、噂どおりA&Wのオレンジジュースと瓜二つとも思えるほどソックリな味でした。
A&Wと同じくファミリーサイズ(2ℓだったと思いますがガロン単位だったこもしれませのでこのような表記)のペットボトル入りのオレンジュースが600円で売っているのもA&Wと瓜二つ・・・。

で、肝心のゴーヤーバーガーを試食。

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ゴーヤーそのもののスライスが入っているわけではなくゴーヤーを卵でとじた玉子焼きが具として入っておりゴーヤーが苦手なナイチャー(沖縄県外の人)でもさほど苦味や臭みを感じなく食べられる普通のハンバーガーでした。
ちなみに、『ぬ~やるバーガー』はこの具にスパムミートやチーズが入っておりこちらも普通に美味しいです。

沖縄のファーストフードも奥深く面白いですよ!!!!!!!!!


  1. 2010/03/08(月) 23:32:28|
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お出かけしてきました ~3月の沖縄~

先日の記事の通り、6日から今日まで沖縄へ行ってきました。
今回も嫁の実家にお世話になりますが、嫁は仕事の為に自分単独での渡沖です。(我ながらアツカマシイ旦那だなぁ・・・・)

始発便が空席待ちで乗れたので、始発便で沖縄へ。



機種は退役が予告されているB747でした。

で、3時間程のフライトで沖縄着。

IMG_4832.jpg

明らかに太陽が違います。
正に『てぃだ』(沖縄の方言で太陽の意)と言う言葉がピッタリですね。

モノレールで古島駅まで移動して、義父に迎えてもらい嫁の実家へ。
明日の準備やら昼食にそば(もちろん沖縄そば)を食べに行き、「午後はクルマを自由に使ってイイよー。」との事で南部へ。

以前から見ようと思い足を運べなかった『海軍壕公園』へ。

IMG_4838.jpg

那覇市や豊見城市を望む閑静な丘の上にある静かな公園ですが、65年前の沖縄戦で壮絶な歴史が刻まれた場所なのです。

概略を記しますと、太平洋戦争中に繰り広げられた悲惨な沖縄戦の最中海軍の指令本部が置かれた場所で、最後の海軍司令官・大田実が昭和20年6月13日に拳銃で自決した場所です。

先ずは、小高い丘の上にあるビジターセンターを訪れます。

IMG_4837.jpg

このセンター内の資料室等を見学して壕内へ入ります。
階段等や照明等が整備されているものの、壕内は薄暗く何とも言えない空気が壕内を包みます。
当時の司令官室や、大田司令官が自決した当時の傷跡が生々しく残り、その雰囲気に圧巻され撮影を忘れる程でした。

正直、沖縄へ身内があり沖縄戦の悲惨な話を聞いたことがある者からすれば、民間人を多数巻き込み悲惨な地上戦を指揮した司令官が自決した場所は複雑な気持ちではあります。
しかし、この壕内で命を落としたのは大田司令官だけではなく、集骨された遺骨は2300柱あまりにのぼるそうでやはり平和について考えさせられる場所であります。

職業軍人が自決して、多くの民間人を路頭に迷い多くの犠牲を出した事を考えられるとやはり憤りも感じずにはいられません。
せめてもの救いは、大田司令官が最期に残した以下の打電です。




発 沖縄根拠地隊司令官

宛 海軍次官

左ノ電□□次官ニ御通報方取計ヲ得度

沖縄県民ノ実情ニ関シテハ県知事ヨリ報告セラルベキモ県ニハ既ニ通信力ナク三二軍司令部又通信ノ余力ナシト認メラルルニ付本職県知事ノ依頼ヲ受ケタルニ非ザレドモ現状ヲ看過スルニ忍ビズ之ニ代ツテ緊急御通知申上グ

沖縄島ニ敵攻略ヲ開始以来陸海軍方面防衛戦闘ニ専念シ県民ニ関シテハ殆ド顧ミルニ暇ナカリキ

然レドモ本職ノ知レル範囲ニ於テハ県民ハ青壮年ノ全部ヲ防衛召集ニ捧ゲ残ル老幼婦女子ノミガ相次グ砲爆撃ニ家屋ト家財ノ全部ヲ焼却セラレ僅ニ身ヲ以テ軍ノ作戦ニ差支ナキ場所ノ小防空壕ニ避難尚砲爆撃ノガレ□中風雨ニ曝サレツツ乏シキ生活ニ甘ンジアリタリ

而モ若キ婦人ハ卒先軍ニ身ヲ捧ゲ看護婦烹炊婦ハ元ヨリ砲弾運ビ挺身切込隊スラ申出ルモノアリ

所詮敵来リナバ老人子供ハ殺サルベク婦女子ハ後方ニ運ビ去ラレテ毒牙ニ供セラルベシトテ親子生別レ娘ヲ軍衛門ニ捨ツル親アリ

看護婦ニ至リテハ軍移動ニ際シ衛生兵既ニ出発シ身寄無キ重傷者ヲ助ケテ敢テ真面目ニシテ一時ノ感情ニ馳セラレタルモノトハ思ハレズ

更ニ軍ニ於テ作戦ノ大転換アルヤ夜ノ中ニ遥ニ遠隔地方ノ住居地区ヲ指定セラレ輸送力皆無ノ者黙々トシテ雨中ヲ移動スルアリ

是ヲ要スルニ陸海軍部隊沖縄ニ進駐以来終止一貫勤労奉仕物資節約ヲ強要セラレツツ(一部ハ兎角ノ悪評ナキニシモアラザルモ)只々日本人トシテノ御奉公ノ護ヲ胸ニ抱キツツ遂ニ□□□□与ヘ□コトナクシテ本戦闘ノ末期ト沖縄島ハ実情形□一木一草焦土ト化セン

糧食六月一杯ヲ支フルノミナリト謂フ

沖縄県民斯ク戦ヘリ




訳:
沖縄県民の実情に関して、権限上は県知事が報告すべき事項であるが、県はすでに通信手段を失っており、第32軍司令部もまたそのような余裕はないと思われる。県知事から海軍司令部宛に依頼があったわけではないが、現状をこのまま見過ごすことはとてもできないので、知事に代わって緊急にお知らせ申し上げる。

沖縄本島に敵が攻撃を開始して以降、陸海軍は防衛戦に専念し、県民のことに関してはほとんど顧みることができなかった。にも関わらず、私が知る限り、県民は青年・壮年が全員残らず防衛のための召集に進んで応募した。残された老人・子供・女性は頼る者がなくなったため自分達だけで、しかも相次ぐ敵の砲爆撃に家屋と財産を全て焼かれてしまってただ着の身着のままで、軍の作戦の邪魔にならないような場所の狭い防空壕に避難し、辛うじて砲爆撃を避けつつも風雨に曝さらされながら窮乏した生活に甘んじ続けている。

しかも若い女性は率先して軍に身を捧げ、看護婦や炊事婦はもちろん、砲弾運び、挺身斬り込み隊にすら申し出る者までいる。

どうせ敵が来たら、老人子供は殺されるだろうし、女性は敵の領土に連れ去られて毒牙にかけられるのだろうからと、生きながらに離別を決意し、娘を軍営の門のところに捨てる親もある。

看護婦に至っては、軍の移動の際に衛生兵が置き去りにした頼れる者のない重傷者の看護を続けている。その様子は非常に真面目で、とても一時の感情に駆られただけとは思えない。

さらに、軍の作戦が大きく変わると、その夜の内に遥かに遠く離れた地域へ移転することを命じられ、輸送手段を持たない人達は文句も言わず雨の中を歩いて移動している。

つまるところ、陸海軍の部隊が沖縄に進駐して以来、終始一貫して勤労奉仕や物資節約を強要されたにもかかわらず、(一部に悪評が無いわけではないが、)ただひたすら日本人としてのご奉公の念を胸に抱きつつ、遂に‥‥(判読不能)与えることがないまま、沖縄島はこの戦闘の結末と運命を共にして草木の一本も残らないほどの焦土と化そうとしている。

食糧はもう6月一杯しかもたない状況であるという。

沖縄県民はこのように戦い抜いた。

県民に対し、後世、特別のご配慮をしていただくことを願う。




以上のような打電を残しています。
同じ沖縄で自決した牛島満陸軍司令官も民間人を巻き込んだ事に深い自責の念を感じていたそうですが、最期の言葉は軍国主義を称えるような言葉を残したとされています。

対照的な気がしますね。

大田司令官が残した『県民に対し、後世、特別のご配慮をしていただくことを願う。』という言葉が今も国には届いていないような気がしてなりません。

大田司令官を賛辞するようにも取れる記事かもしれませんが、私見を言わせてもらえば評価できる司令官であれば民間人を巻き込むような無駄な争いをしないと判断できる司令官だと思うのです。

IMG_4839.jpg

複雑な思いをして海軍壕公園を後にしました。








  1. 2010/03/08(月) 23:26:44|
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恒例の・・・

お出かけです。

始発便キャンセル待ち狙いです。
  1. 2010/03/06(土) 05:40:48|
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4色目のステンプラカー

先日、某氏と某場所で取引した結果、こんなセットが出来上がりました。

IMG_4808.jpg

つまり、塗装済みの更新車体と未塗装の車体キットを交換したわけです。

で、とりあえずパーツを切り出しました。

IMG_4809_20100304110818.jpg

またもや、某氏と完全に被りそうなネタですが、それはそれで面白そうな競作になりそうです。
  1. 2010/03/04(木) 11:18:44|
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3月4日

今日・3月4日は、『さんしん』の日どそうです。
沖縄では、イベントが多数開催されます。

IMG_4826.jpg


久し振りに三線を弾いてみようかなぁ・・・・・。
  1. 2010/03/04(木) 10:47:59|
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再会の時

先日の日記の続編です。

昨日、件の同級生と会って色々と同窓会の準備やら打ち合せをすることになりました。

彼女はまだ出身地・チ◎ットにいるという事なので、クルマで迎えに行きます。
待つこと暫し。
待ち合わせ場所に彼女が現れ、中学卒業以来十ン年ぶりの再会。
十ン年の時を経ていても、お互いにすぐに解ったのも不思議な気がしますが、何よりも十ン年の空白を経ても昨日会ったかのように気兼ね無く話せた事はもっと不思議でした。
お互い性格もあるでしょうが、会って会話の話題に困るような事が無かったのはよかったです。

同窓会の会場を予定しているホテルな向かいながら、お互いや知っている同級生の近況等を話ます。
まぁ、結婚して子供がいて、ドコへ住んでる…なんて定番の話が多かったのですが、同級生同士で結婚したおめでたい話もある一方、亡くなった同級生がいたり…。

彼女と話している時は中学の時と何ら変わりませんが、お互いに確実に歳を重ねている事を実感します。(その割に彼女キレイだよなぁ…)

で、会場のホテルへ。
嫁以外の女性とホテルに来るなんて何年ぶりだろう…。

まぁ、いつ来たかはともかく、プランナーと相談しながら同窓会の内容を決めてゆきます。
同窓会というものは、結婚式とか違って決まった内容が無いだけに進行内容をどうするか悩むところですね。
最近は、出身校の今の様子や、当時の体育祭や文化祭のDVDを流したりする事もありますが、大半は歓談だけだそうで、幹事は、会計と最初と最後の〆を纏める事が一番の仕事になりそうです。

これから色々と苦労がありそうですが、楽しみながら進めたいと思います。
  1. 2010/03/03(水) 09:09:42|
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同級生

疲れました・・・・。
津波騒動・・・・。

まぁ、愚痴ばっか書いてもツマラナイので、たまにはちょいと違うネタでも・・・。

先日、某SNSにある出身中学の掲示板に『同窓会をやりませんか?』との書き込みがあり、書き込んだ主は同じク
ラスだった女の子の模様。

早速、メッセージを送ると、やはり思っていた通りその方でした。
何通かメッセージをやり取りして同窓会の概要を固めているうちに、出席表明の書き込みがあったり彼女へ直接メッセージがあったりでそこそこ人数が集まりそうな雰囲気になっています。


中学から繋がっている友人に電話したりしている姿を見た嫁が一言……。

「彼女、初恋の人?」


嫁よりかなりカワイイ方でしたが(今はどうだか今度確認してきます)、残念ながら違います。
初恋の人だったら、緊張してメッセージなんて送れませーん

ウブなボクは、女性と一緒にいると緊張しまくりなのです

もちろん、家で一緒にる嫁の前でも緊張していますよ



何に緊張しているか分かりませんが………。











































※この日記がドコまでホントかは想像にお任せしますw
  1. 2010/03/01(月) 00:24:32|
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