もーあしび日記

日々の話題や趣味など色々と。

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鉄コレ13弾

度重なる延期の末に発売になった、鉄道コレクション13弾。



10弾以来の気動車シリーズです。
今回は、キハ20系列の派生型を中心に大型でやや近代的な車輌が多く、近年まで活躍していたり、現役車が多くおり、前回の気動車シリーズよりも馴染み深い車輌かもしれませんね。(自分の中では、10弾も有名所のメジャーなやつばかりなのですが・・・w)

どれを購入しても1両完結で、好き嫌いは別としてハズレはありません。
とりあえず4個購入した結果・・・・

・1・2箱目
同和鉱業小坂2101

IMG_6860.jpg

今回の外箱のイラストにもなっている車輌です。
電車にも同系が存在したいわゆる日車標準車体ですが、柱がふとくのっぺりした感じが電車と違い良い雰囲気です。
早速のダブりですが、実車は2両編成で走ったり、関東鉄道にも姉妹車がいるので使い道には困りそうにありません。

・3箱目
島原鉄道キハ4501

IMG_6861.jpg

巷では不人気のトップらしいですが、今回一番欲しかった車輌です
湘南顔で、繊細な髭塗装なんぞ、自分で作るには課題の多い車輌だけに製品化は嬉しい限りです!!
他に転用できそうにないにも関わらず、わざわざ専用の型を起こしているあたりはメーカーの思い入れの強さが伺えます。
ラウンドハウスのあの製品とか、Y-DCが欲しくなりますね。。。


・4箱目
鹿島臨海鉄道キハ2001

IMG_6862.jpg

大洗鹿島線開業にあたり国鉄からキハ20系を譲渡し改造した車輌です。
後年、茨城交通に転じ活躍しました。
もちろんその姿も、今回のラインナップにありますね。

キハ6000との連結運用もあったそうで、KATOの伝説の逸品・キハ6000も再販を願いたいところですね。

ついでに、数年前に関水金属製(KATOに非ず!?)のキハ20をベースに加工した、茨城交通・キハ202と並べた見ました。

IMG_6864.jpg

出来の差は当然ながら歴然ですね・・・
しかし、鉄道コレクションと並べても、変に大きかったりするスケールの差が無いあたりは関水金属の設計の良さなのでしょうね。

今回の鉄道コレクションではキハ20の亜流が多いので、関水のキハ20の動力が流用できないか試してみました。
もちろん、純正動力を使用すればイイだけの話であまり意味がありませんが、旧動力を備えた製品は格安で中古に出回っているので、細かい事は気にしない・・・向きにはいいかもしれません。

現行の動力ですと幅があリ、ハナシになりません。。。

幅の狭い旧型動力ですと、かなり素直に入ります。

しかし、鹿島臨海のキハ2000のようにドア下に明り取り窓のガラスが邪魔になり、多少の加工は必要のようです。

IMG_6863.jpg

もし、余っている旧キハ20の動力があるのなら、この辺りをクリアーすれば良い活用になりそうですね。

さて、今回のラインナップでは、ほぼ欲しい物が揃いました。

残るは、オヘソライトを装備した留萌鉄道キハ1001・・・。
これを青・白に塗り替えて、茨城交通転属後の末期塗装に・・・って、それが今回のシークレットだそうな・・・。

高値のシークレットを購入するような気は毛頭にありませんが、種車を購入しても何時塗り替えるのやら???
同じ茨城交通のキハ201も入手して、拙作と並べてみたいような・・・。

ちなみに、今回の一番人気は小湊鉄道のキハ213だとか。

そういえば、作っていなかった???

IMG_6865.jpg

本日もヤスリ掛けで、大きな進捗ナシ・・・・。
最近、工作の手が進みません・・・。
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  1. 2011/03/26(土) 00:57:19|
  2. 客貨車区
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玉電

今では低床LRTが走る東急世田谷線。
10年ほど前までは、昔ながらの路面電車の味を残した味のある車輌が2両連結で走る路線でした。

そんな世田谷線の旧型車を追った記録です。

2001年2月の雪の舞う寒い日、山下駅から世田谷線に乗り継ぐと、運良く玉電塗装に装った80型(81-82)がやって来ました。

img123.jpg


引退を記念して塗られたこの塗装は明るく好感を持ちました。

80型は4両が他社に譲渡されましたが、譲渡先では早々に廃車になりました。
譲渡先よりも譲渡元の車輌が生き永らえた珍しい例ではないでしょうか?

ちなみに、200型を除くと玉電の保存車は80型のみ。
しかも、譲渡先での形態となっており、玉電らしい特徴が残った車両が無いのは少々残念です。

同じく引退が予定されてる150型とも並びました。

img116.jpg

今では、貧弱な直接ちょう架線ま懐かしいです。

同じ時ではありませんが、LRT300型が登場するより前に世田谷線を記録した画像です。

70型。

img193.jpg

更新によって80型とそっくりな顔つきになりましたが、窓割等は種車のままで、80型とは明らかに別形式でした。
引退も80型より少し早かったように記憶しています。

150型。

img191.jpg img190.jpg

70、80型が似た顔つきであった中、角ばった独特の顔つきだったのが150型。
玉電最後の新車と言われ、東急らしいく側面に付いたコルゲートが印象的でした。
模型でも欲しい形式の一つです。

都会のビルを背に駆ける150型。

img195.jpg

お気に入りの構図です。


世田谷線も大きく変貌しましたが、人情味溢れる沿線の風景は変わらず今でも乗るのに楽しみな路線です。
  1. 2011/03/24(木) 11:55:38|
  2. 古の日々
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名鉄600V区間の思い出

今では全廃されてしまいましたが、1999年に名鉄600V区間を訪れた記録です。

この時、美濃町線の末端区間である美濃と新関の間6.3kmの廃止が表明されたのを期に訪問しました。




[名鉄600V区間の思い出]の続きを読む
  1. 2011/03/24(木) 02:06:24|
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赤いカエル

岳南鉄道でカエル・・・こと、元・東急5000系が活躍していた頃の画像を取り込んでみました。

撮影時期は、1995年頃です。

岳南鉄道はこの時が初訪問で、東海道線から吉原で乗り換えて赤くなった青カエルに揺られ終点の岳南江尾まで乗ってみました。



ホームや構内の雰囲気は今とあまり変わりありませんね。

改札を出ると、形式写真も撮れました。

img310.jpg

東急5000系は何社かに譲渡されましたが、岳南鉄道の物は赤に白帯で『赤カエル』なんて呼ばれていましたね。

来た電車の折り返しで吉原方面へ向かいます。


この日は、日曜日とあってか、車内はガラガラ・・・。

img327.jpg

独特の形態の仕切板も懐かしいですね。

img328.jpg


そして、手書きの路線図。

img329.jpg

岳南富士岡で降りて、ED29を撮影しました。

img316.jpg

既に、運用からは外れていたようですが、綺麗な状態です。
ED29と同じ線路上には、5000が留置されていました。

img318.jpg

吉原方に連結されていたクハは、譲渡にあたり中間車から改造されたものだそうですが、お面もしっかり同じ物が用意されて違和感なく仕上がっています。

そして、更に一駅進んで比奈で途中下車。

ED501率いる貨物列車が佇んでいました。

img312.jpg

貨車は今と同じワムハチですが、茶色ばかりですね。
いまでは、殆ど青いワムハチなっていますので、時代の流れを感じます。

しばらくすると、岳南江尾行きの電車がゆっくりと進入してきました。

img321.jpg

この電車と交換した電車で吉原に戻りました。

img308.jpg

吉原では、貨物を迎えに来たED402が待っていました。

岳南鉄道は、赤カエルも引退して今ではワンマン運転になっていますね。
その後、何度か岳南鉄道を訪れましたが、赤カエルにのったのはこの時だけでした。

時は経ちましたが、岳南鉄道ではこの頃と変わら貨物輸送が健在なのが嬉しい限りです。
  1. 2011/03/22(火) 00:36:19|
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一球さんを追った日

前回に続いて都電ネタです。

都内に通学していた高校時代、とある冬の日曜日にカメラを抱えて『一球さん』こと、都電荒川線の6152号車を追いかけた記録です。
正確な時期は記録していませんが、1995年頃の撮影です。

この頃の6152号は休日に専用ダイヤが組まれており、昼間に荒川車庫を出庫して夕方まで全線を何往復かして入庫するダイヤでした。
午前中の運用もあったような気もしますが、記録を残していない今となっては悔やまれるばかりです。。。

大塚駅から都電に乗り継いで向かったのは荒川車庫。



まだ出庫まで時間がある為か、6152号の姿はありません。

通常ダイヤの7000型や7500型が次々に出庫して、程なく6152号車が庫から出てきました。

img204.jpg

正面に腰下にヘッドライトが一つ・・・。
このライト一つのスタイルが『一球』さんのあだ名の由来だそうです。
また、6152号の電車無線呼出し番号は『93』。
このれは、『いっきゅう(9)さん(3)』から来ているとか・・・。

大宮工場にいたEF5893は、『クミ(93)ちゃん』だったそうで、あだ名も色々ですね。


運転士と車掌が乗り込み、⊿線を渡りいよいよ荒川車庫を出庫します。

img210.jpg

当然、都電はワンマン運転でしたが、6152号だけは車掌が乗り込むツーマン運転でした。

一旦、三ノ輪橋方面のホームに据付られます。

img207.jpg


先行の電車が出ると、ホーム先にある片渡り線を渡り早稲田行きになります。

先行電車が出の間にレトロなサボを撮影

img208.jpg

独特のフォントがイイですね

片渡り線を渡って早稲田方面の本線に入りますが、この時に進行方向によって向きが変わるビューゲルから豪快なスパークが放たれました
ビューゲルを使う車輌は全国でも少数派でしたので、物珍しく眺めていた記憶があります

この早稲田行きに乗り、飛鳥山辺りまで移動しました。
途中、飛鳥山の坂を登る際にビューゲルが離線して室内灯が消え、車掌が大きなカノピースイッチ(600V等の高圧が直接来ているスイッチ)をを操作してMG(電動発電機)リセットしていた事が強く印象に残っています。
今では、カノピースイッチのある電車なんて殆どありませんね。


飛鳥山に移動して、飛鳥山交差点近くの高台で6152号車を待ちます。
この交差点には少し高い位置から撮影できるポイントがあり、ほぼ信号待ちをするので狙いやすいお気に入りのポイントでした。

前回の記事の7500型更新車もここで撮影しています。

早稲田で折り返してきた6152を1枚パチリ

img230.jpg

信号から発車する際に、車端の車掌も小窓から顔を出して安全確認を行っていました。
こんな風景が見られたのも、ツーマンならでは・・・ですね。

同じポイントで、他の形式も撮影しました。

img222.jpg

7000型ですが、カブのオッサンが写り込んでいます・・・
写り込んでいない写真もあったのですが、こちらの方が路面電車らしくてイイかなぁ・・・と思いあえてアップしました。

そして、当時の最新型8500型と7000型の並び。

img235.jpg

この8500型は、明るい塗装が印象的で好きな車輌です。
今では後継の形式が2つも出ているのですから、年が経つのは早いものです。。。
どうりで歳取るわけだ・・・・(汗)

さて、別の日ではありますが、7504・学園号の写真追加です。
時期は初夏でしたが、やはり1995年頃の記録です。

その名前の通り、7504は学生ラッシュに合わせた運用が朝に組まれており、大塚駅前で折り返す運用を狙って撮影に行きました。

三ノ輪橋方から大塚駅に到着し、折り返し町屋駅前行きになる運用でした。


img259.jpg

早稲田方に引き上げて、片渡り線を使い三ノ輪方面に転線します。

img261.jpg

短い時間で手早く客扱いを終えて・・・


img262.jpg

町屋駅へと向かって行きました。

img263.jpg
  1. 2011/03/19(土) 13:53:37|
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さよなら7500型

都電荒川線から、7500型が引退するそうです。

車体自体は更新されているものの、製造初年は1962年なのでそろそろ引退してもおかしくない時期ではありますね。

7500型は、荒川線では少数派でしたが、デザイン的には一番好きな車体でもありました。



更新車体もさることながら、未更新車体のまま都電で最後まで黄色い車体(復活塗装は別)を保った7504も近年(と、いっても10年前かぁ・・・・・)まで活躍していたので印象深い存在でした。

img256.jpg

模型の方でも、ペーパーでフルスクラッチをした初めての車輌でもあり、思い入れのある車輌でした。

IMG_6855.jpg

さすがに、初めての自作とあってグデグデの出来(今も変わらないけど・・・・・)ではありますが、たまに出して眺めるのも楽しいモノです。

何はともあれ、7500型お疲れ様でした!!
  1. 2011/03/19(土) 01:58:11|
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西岸良平 その3

本当にこういう記事のブログを書く時世ではないのかもしれなのでしょうが、私にはこんな記事しか書けません。




西岸良平のイラストが描かれた電車の3回目です。

口うるさい某氏のアドバイスに従って、ドア窓、戸袋窓、及び前面ガラス上部を方向幕部分を除き裏からクリアーブルーに塗装し、熱線吸収ガラスを再現します。
前面ガラスの塗り分けラインは、モールドがあるので迷わず済みます。

某氏曰く、この熱線吸収ガラスは殆ど役に立たないシロモノ・・・だそうです。。。。。。。。。

ガラスを塗り終えたら、ドア窓に貼られた戸袋引き込まれ防止、優先席のステッカー、乗務員室小窓に印刷されている『乗務員室』の文字をインレタで再現します。

使うインレタはこちら。


IMG_6813.jpg

戸袋引き込まれ防止のステッカーは、何故かあったGDF製の物、『乗務員室』はレボリューションファクトリーの物を使用します。

口うるさい某氏のアドバイスに従って2種類ある戸袋引き込まれ防止の丸型ステッカーは緑色の方を、優先席のステッカーは1001F山側、1051は海側のそれぞれ一番連接寄りの窓に転写します。

そして、方向幕もGDF製を貼り付けます。
前面は、ステッカーの裏側を黒色に塗っておきます。

車体の屋根以外をしっかりマスキングして、穴埋め加工した屋根を塗装します。
色はジャーマングレーをセレクトしました。

配管と屋根のパンタ台は、明るいグレーなのでGM9に塗り分けます。
パンタ、クーラー、SIV、アンテナ、フューズBox、床下も合せてGM9で塗装します。
某氏曰く、パンタは銀だそうですが、好みでグレーにしています。

さて、丸型の避雷器ですが、KATOのAssyパーツから、『EF65 貨物二次更新』用というパーツを銀色に塗って取り付けます。
某氏の講釈によれば、この1000シリーズは今では全てこのタイプの避雷器になっているそうですが、天面にある∩型の切り欠きの向きが編成により異なるそうです。

「この辺りを作る編成によって向きを変えるとウルサイ・・・。」

そうです。
これ以外は作る予定が無いので、私にはカンケー無い話です。


IMG_6810.jpg

この1001の切り欠きの向きは、画像のように枕木方向になるそうです。

床下と屋根にエナメル系塗料でスミ入れし、再度組み立て・・・・・・


完成~!!

IMG_6854.jpg

口うるさいアドバイスのおかげせいで、とりあえずこんなカタチに・・・。

全く興味の無い車輌が出来上がりました。。。
  1. 2011/03/18(金) 19:26:56|
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西岸 良平 その2

ここ数日地震関連のニュースや話題が多く、幣ブログのような趣味を全面的に押し出したブログを更新するのは躊躇っていました。

しかし、暗いニュースの中で自分にできる事はこのブログを見ている方に元気になってほしいと思い、罪悪感のようなものもあるのですが、更新を続ける事にしました。





さて、実車をよく知らないまま加工をする事になった西岸良平さんのイラストが描かれている電車の続きです。

口うるさい某氏にアドバイスによると、いくつかあるMODEMOのこのシリーズの中でも1001と1002が一番良い出来だそうです。
ちなみに、1101はライトの切り欠き形状が微妙に違い、1201以降はライトの位置・大きさが違い実車のイメージと違う・・・そうです。

自分には、何の事だかさっぱりわかりません・・・・。

この電車の車番は1001。
良い出来の電車みたいです。。。

実際の加工点は、口うるさい某氏によると、以下の点になるようです。

・床下のMGをSIVに交換
・屋根上にあるベンチレーター(各車輌2箇所)の撤去
・海側の小型フューズBoxを丸型避雷器へ交換
・ドア、戸袋、正面ガラス上部にクリアーブルーに塗装
・各所色入れ
・窓に貼られたステッカー類の表現

とにもかくも、先ずは分解します。
MODEMOの車輌は爪が心地よく外れてくれます。

床下機器も裏のビスを緩めて取り外し、やや大型のニッパーで、1001海側・運転台寄りにあるMGをカットします。

そして、プラ角材でSIV箱を作ります。

IMG_6537.jpg

画像では分かりにくいのですが、赤色の線の通りスジ彫りしています。

次に屋根上の加工です。

参考までに、某氏からもらった実車の画像です。

IMG_6850.jpg  IMG_6851.jpg




屋根上機器を全て取り外し、ベンチレーター取り付け穴をランナー引き伸ばし線で埋めます。

IMG_6530.jpg

画像の赤丸で囲んだ並行の穴です。


埋めた穴を平滑に仕上げて今日の作業は終了。
次回は塗装メインの作業になりそうです。
  1. 2011/03/15(火) 22:58:09|
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東日本大震災

3月11日、明け番で帰宅後入浴中に突然の停電で浴室内が真っ暗に・・・・。

「ブレーカー飛んだ???」

なんて思っていたら、地震の揺れが来ました。

かなり長い揺れです。
立っていられない程ではなく、免震マンションの1階とあって震度1、2程度の揺れでも大きく揺れたりするのであまり気にしませんでした。。。

ただ、やや長いなぁ・・・と。

長い揺れの間、外に出るよりも、狭く落ちてくるような家具お無い浴室の方が潰れなくて安全かぁ・・・と判断して浴室内に留まる事にしました。

揺れが治まり、服を着てブレーカーを確認するも全部ON。
どうやら、マンション全体が停電していると判断できました。
水道・ガスは使えました。


部屋を確認するも、損壊及び物品の落下は一切無く、免震マンションという事もあって大した地震では無いと判断しました。

停電なので、テレビやコンセントでのみ聴いているラジカセが使えず情報が把握できません。
ただ、携帯電話に届いたインフォメーションだと、東北が震源との事。

とりあえず、都内へ出かける用事があったので外出。

家の前の公園には、いつもより多くの親子連れがいたりしましたが、春休みかなぁ・・・という程度の感覚であまり気にせずJRの駅へ。

途中の商店の照明が消えており、自宅マンションだけではなくこのあたり一体の停電と初めて知りました。

商店には、食料品や水を買い求める人の列が出来ており、少し唯事では無いかも・・・と思い始め、駅近くで会った知人に外の状況を聞き、ビックリして電池・食料(カップ麺)、ペットボトル、犬の餌を買えるだけ買って帰宅しました。

帰宅すると、大きな鍋ややかんに水を入れ、バスタブいっぱいに水を張りました。
電池を入れたラジカセから聞こえてくる徒ならぬ状況に唖然とするばかり・・・・。

思いついた友人や家族に安否確認の連絡をしますが、なかなか繋がりません。
まぁ、当然ですが・・・。

そんな中、安否情報の把握に大きく役立ったのが、SNS。

比較的安定して接続でき、小まめに情報が上がり重宝しました。

会社に連絡するも、人手は足りてるとの事でだんだん日も暮れて寒くなってきたので、布団の中へ。
我が家の暖房は、全て電気が頼りなので使えないのです。

極寒・・・という状態ではないものの、日が暮れるとそれなりに寒く、少しでも温かくなろうと嫌がる犬を布団の中へ入れて温まる事に。
これがかなり温かい・・・。

夜になって、母と電話が通じて実家が留守と判明しました。
母は、幸い妹の家の近くにおり、妹の家に身を寄せて無事との事。

実家の様子も気になり確認しに行く事にしました。
しかし、立体駐車場に止めている車は出せないので徒歩です。

まぁ、歩いても1時間でお釣りが来る距離なのですが・・・。

街灯も消えた位道を歩くこと10分程で、灯りが燈りました。
6時間程の停電が解消されました。

帰宅すると、自宅も送電が再開されており、クルマを出して実家へ。

幸い無事でした。

帰宅後、最後まで連絡が取れていなかった友人とも連絡が取れ一安心。


外で地震に遭われた方からすればずいぶんと悠長な・・・と思われるかもしれませんが、最初の外出は情報が無かった故の行動です。
幸い大事には至りませんでしたが、後から冷静に考えてみるとこのような緊急事態の際に情報がどれだけ大切かという事を思い知らされる出来事でした。

そして、慌てて買出しをしなくて済むように常に余裕のある食料や日用品の準備が必要だと感じました。

東日本大震災で亡くなられた方のご冥福をお祈り致します。

また、被災された方には心よりお見舞いを申し上げるとともに、一日も早い復興をお祈り致します。
  1. 2011/03/14(月) 00:47:29|
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報告

大きな地震がありましたね。

私や私の周りの方々は無事です。

被災された方に心よりお見舞い申し上げます。

  1. 2011/03/11(金) 23:04:45|
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西岸良平

昨年の事ですが、こんなモノを購入していました。



好きな漫画家・西岸良平さんのイラストが描かれた電車の模型だから・・・というだけで購入したので、実車について全く興味が無く詳しい事は分かりません・・・。

購入して暫く放置していたのですが、色々と詳しい某氏に見せたところ、ありがたい余計な口うるさいアドバイスを戴いたので、実車に合せて加工する事にしました。

さて、どうなるやら・・・・。
  1. 2011/03/09(水) 10:17:58|
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更新をサボっている間に・・・・

沖縄へ行ってきました

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飛行機で3時間・・・この飛行機を見ると沖縄へ来たなぁ・・・と。


9621598_1001880709_22large[1]

今回沖縄へ来た最大の目的・『おきなわマラソン』への参加です

バスで会場へ向かいます。
日の出の遅い冬の沖縄は、この時間ではまだまだ真っ暗 。。。。
天気も生憎の雨・・・・

マラソンは雨天決行なので開催はされるでしょうけれど、少し雨が強すぎます・・・

40分程でスタート地点の沖縄市・泡瀬の県立陸上競技場へ 。

体育館でゼッケンと参加記念のTシャツを受け取り貴重品を預けたりしていたら、昨夜から飲んでいた中学の同級生から応援の電話が

みんなの声を聴いて励まされると同時に、士気が一気に上がります


ボチボチ整列時間になったものの、相変わらずの雨 。。。。


9621598_1002847450_163large[1]



まぁ、毎年高温との戦いになるマラソンなので、冷たい雨もイイかもしれません・・・。

9:00、いよいよスタートの号砲が鳴り、勢い良くスタート!!!


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とはならず、参加人数が多いのでスタートラインを踏むまでゆっくり進みます



スタートラインを踏むと流れが良くなるものの、やはり人数が多いので速度は上がりません 。

とりあえず、最初の1kmは一番力を抜いて時間を測ります 。
この1kmの時間を見て、自分のベストタイムであればこのままの速度を保つ。早ければ抑えて、遅ければ当日の体調を考えて無理の無い範囲で少し早めるようする目安にします。

今日はベストタイム・7分/km 。

そのままのペースを保ちます 。

4kmあたりまではそこそこ沿道の応援が賑やかなのですが、ここの先暫くは中城(なかぐすく)港湾地区に入り、殺風景で沿道の応援も少なく走っていて一番長く感じる区間であります 。

雨は少し弱まっているものの、コースの上に水溜まりが多数ありついつい足を入れてしまいます 。

港湾地区を抜けて7km過ぎから市街地へ入り、沿道の応援も再び増えて走りながら元気をもらいます。

給水所では必ず水を採り、この先に始る山登りに備えます。

幸い雨も上がり、走りやすい状態になりました 。

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そして、8km付近から上りはじめ、10kmの勝連城跡付近で一回目の山登りが始ります

一回目の山登りはペースを保って通過

一旦下って、13km付近にある池原の落ち込みへ

9621598_1002987202_196large[1]

一気にどっと下って、同じだけ一気に登る坂道コースです。
ランナーにとっては酷なコースですが、高低差100m!!
このコースこそが『おきなわマラソン』の醍醐味でもあります!

雨は上がったものの、相変わらず水溜りが多く知らず知らずのうちに突っ込んでしまう悪路です。

基地を横目に見ながら、20kmを過ぎ中間地点を通過 !
この時点でのタイムが2時間22分48秒 。

今まで最速です

中間地点を越えてすぐにある急な上り坂を登り、国道329号線へ 。

25kmを過ぎた頃から急に足が重くなってきました。
幸い、筋肉痛や関節の痛みは無いので走れるところまでは行こうとゆっくりながら走ったり、少し歩いたりしながら進みます。

池武当(いけんとう)交差点を過ぎて、長い急な上り坂へ 。
毎年この坂道で苦戦しますが、今年は大きくペースダウン

この坂を登り切ると『おきなわマラソン』のハイライト・米軍嘉手納基地の中へ!!

9621598_1003045092_229large[1]



通常、米軍基地の中へ一般人の立ち入りは禁止
検問所でパスの提示を求められたりしますが、今日はランナーに限りフリーパス

しかも、基地内のだだっ広い道路を走れます

基地の中は、建物の間隔が多きく取られていたり、道幅も通常の道路の3倍位はあります 。

つくづくゲートの中は別世界と感じます

それに比べて、ゲートの外の狭い土地を見ると、基地の存在に腹立たしさも覚えたりもします

そんな事を思いながらも、基地の中で楽しんでる自分もアホやなぁ・・・とも思ったり・・・

基地の中で30km地点を過ぎ、基地のゲート抜けて再び柵の外へ 。

暫く緩い上り坂が続き、途中にあった救護所で剥れてきたテーピング巻き直してもらいます

テーピングをしてくれたトレーナー方が、

「今回は雨で体が冷えたり、雨吸って靴や服が重くなっているから、体に想像以上に負担がかかっていると思うから気をつけて下さい。」

と、アドバイスを貰いテーピングも一新して再び走りますが、やはり体が重い・・・

いつものように速度が出ません・・・・

ゆっくりながら、琉陽高校の前を通り国道330号線へ 。

残り10kmを切りましたが、明らかに後半は前年よりもペースが落ちています



とりあえず完走を目指して、力を振り絞ります

中城(なかぐすく)村役場を過ぎて残り5km

この先は殆どが下り坂と平坦コースなので、気分的には楽です

基地横の長い下り坂を降りると、見覚えある海沿い風景に・・・

ゴールはもう少し。。。。

最後の力を振り絞り、『あと1km』の看板を過ぎると、間もなくスタートした競技場へ


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競技場のゲートをくぐり、長い長いトラックを走りついに




ゴ~~~~~~~ル



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タイム(スタート時間からのゴールまでの時間)は5時間6分22秒、参考タイム(スタートラインを踏んだ時間からゴールまでの時間)は4時間58分34秒でした。




昨年に比べると10分以上遅いタイムになってしましたが無事にケガも無く完走できました

タイムが遅くなってしまったのは、直前の練習不足や寝不足の準備不足が大きな原因です

結果はともあれ、今回も無事に完走できた事に感謝
毎回思う事ですが、完走できたのは沿道で応援してくれたり、給水等を差し入れてくれた沿道のボランティアの方の力が何よりも大きくありがたいものでした

テーピングをしてくれたトレーナーの方のアドバイスにもありましたが、首にかけていたタオルや、靴が雨水を吸って驚くほど重くなっていました

体が重く感じた要因の一つだったかもしれません 。。。。

今までに経験した事の無い雨の中のマラソンも良い経験になりました。

来年はタイムを戻す事を目標に頑張りたいと思います
  1. 2011/03/06(日) 23:07:33|
  2. 日々の事
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久し振りに・・・

気付けば、一ヶ月近く更新を放置・・・。

ホントに工作から遠のいていました。

とりあえずやらないと進まない小湊のキハ200の下地塗りを。



まだまだ修正箇所が多そうです・・・。
  1. 2011/03/05(土) 02:17:37|
  2. 四宮電車工場
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