もーあしび日記

日々の話題や趣味など色々と。

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モジュールオフ2012~inあしがら・その2

さて、明けた翌日も朝から運転です。

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朝は、山陽路のスターたちからスタート。
往年の優等列車がヤードに並びました。

そいて、私の東急5000系シリーズに昴氏が呼応してくれました。

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拙作の青ガエルとTomix製品と並べると粗が目立ちます・・・(汗)
やっぱり作りが雑になったのかなぁ・・・。

さて、色とりどりの車両が出演した舞台・今回参加のモジュールを一周してみましょう。
始発駅は、色とりどりのヘッドマークが並ぶ目光駅。

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一周列車となる『けごん30号』は間もなくの発車です。

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発車ベルが鳴り響き、駅員の出発合図でいよいよ『けごん30号』は発車です。

発車して間もなく、のび鉄氏製作の『羅漢踏切』を渡ります。

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対向列車は青森行きの『津軽』でしょうか?
様々な列車と共演も運転会の楽しみの一つですね。

ガーター橋で道路を跨ぎ・・・

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昴氏製作のヤード横を通過します。

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ヤードには出番を待つ京阪電車群が並びます。

「第三閉塞進行!!」

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『けごん30号』は、右に車体を曲げ拙作・工場前踏切を通過します。

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ここで80系電車とすれ違いました。

これまた拙作のケーブルカー乗り場前を通過します。

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駅前には観光バスが並び、観光名所・小田島山への気軽なアクセスルートになっています。

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たまには建物が入れ替わっていたり・・・!?

カーブを超えると、昴氏製作の神社前モジュールへ進んで行きます。

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小さな新大津駅を通過します。

「新大津通過~!!」

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新大津を過ぎると、トレーラー・ターミナルが見えてきました。

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「第四閉塞進行!!」

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大谷の切通しを左カーブで曲がります。

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小さな橋を渡り・・・

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程なくすると・・・

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撮影名所・a氏製作のS字カーブへ。

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165系の急行列車とすれ違います。

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雪をかぶった暴風林を走り抜けます。

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そして、赤緑氏製作の秋の山をイメージしたモジュールへ。

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岩肌を抜けると、大峡谷のパノラマが広がります。


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深い谷の表現が素晴らしいです。

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鉄橋を渡る列車の轟音が聞こえてきそうですね。

大鉄橋の先には秘境駅・井中駅があり、駅長(?)サンが手を振っています。

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井中駅をゆっくり通過し・・・

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その先で、151系・特急『はと号』とすれ違いました。

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『きぬ30号』の走る外線は山肌に沿ってはしりますが、『はと号』の走る内線はトンネルで貫きます。

そして、複線トラス鉄橋で川幅の広い酒匂川を渡ります。

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酒匂川を越えると、街中に入ります。

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程なくして、赤緑駅に到着。

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『けごん30号』からの乗り換え客を待って、80系ローカル列車が待って発車して行きました。

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短い停車時間の間に乗務員交代を終えた『けごん30号』は再び走り出し、短いトンネルへ入ります。


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トンネルの先には、小さな駅がありますが、『けごん30号』は通過します。

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『けごん30号』は、会長製作のモジュールへ進んでゆきます。

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上流の川幅が狭い急流を再現した川を低い鉄橋で超え・・・

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田園風景の中を進んで行きます。


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青々とした緑の小高い築堤を進みます。

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低いガーター橋で再び川を越えます。

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川を越えると、拙作のカーブモジュールへ。

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ここだけ複々線になっていますが、これはとあるイベント用にCKCとは別規格で作らざる得なかった為のモジュールを転用した為で、他意はありません。。。

カーブを抜けると、各種撮影会が行われたあやにゃみ氏のヤードへ。

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色とりどりの車輛が並びます。

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このヤードをすぎれば、この旅も間もなく終着駅。。。

『けごん30号』は体をくねらせながら渡り線を通り、目光駅1番線へ。

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『けごん30号』は目光駅1番線へ無事に到着しました。

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乗客を降ろした『けごん30号』は、あやにゃみ氏のヤードへ入庫。

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次の運用に備えて体を休めます。

さて、楽しかったモジュールオフもいよいよお開きの時間。
我々を楽しませてくれたモジュールが手早く片づけられてゆきます。

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参加されたみなさん、ありがとうございました。

次の企画に期待しましょう。





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  1. 2012/06/26(火) 17:53:06|
  2. 運転会
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モジュールオフ2012~inあしがら・その1

毎年恒例となっている弊CKCモデラーズクラブのモジュールオフが、今年も開催されました。

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参加人数は9人と初めての二桁割れでしたが、その分を補充するかのように
会長が多数の新作を持ち込む等、力作が勢揃いし、直線区間の長いレイアウトになりました。

全員揃ったところで、恒例の炒飯弁当で乾杯

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運転会開始です。

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あやにゃみ氏製作のヤードでは、『お題』の発表会が開催されました。

今回のお題1つ目は、荷物電車。

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赤緑氏が30年程前に手がけた、ほぼスクラッチのクモユニ74、氏のクモル23、拙作のクハユニ56・・・。

個性派が揃いました。

そして、お題その2・混結編成の電車では、私鉄・国鉄色とりどりの電車がヤードを埋め尽くします。

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手前は試運転の時のみみられた京急2000形2ドア車+1500形の編成を再現したar-2氏の作品。

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この組み合わせが試運転の時だけだったのは少し意外でした。


その一本隣は、Bトレ改造が得意なあやにゃみ氏のE231-4600の配給回送を再現した作品。

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独特の窓配置に苦労されたそうです。

こういった、営業に出ない編成にもスポットライトを浴びせるところがCKCメンバーらしいところです。

その隣は拙作の湯たんぽ+青ガエルです。

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反対側からの撮影した画像です。

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手前は、のび鉄氏がエントリーした京急2100形+1500形。
この組み合わせは、お馴染みですね。

さらに違うアングルから・・・

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手前は、a氏のエントリー、名鉄3400形いもむし+850形なまずの編成です。
そういえば、流線型同士の混結も珍しい事例ですね。

その隣は、赤緑氏の京急2000形3ドア車+1500形の混結。
ar-2氏と同じ形式の組み合わせですが、こちらは2000形の3ドア化後の姿です。

さらにその隣は、ぬる・・・(ry氏がエントリーした琴電1100型+1080型。
関東私鉄同士の譲渡車ですが、譲渡前には絶対に顔を合わせることが無かった者同士の混結ですね。

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その隣に見える旧国は、昴氏がエントリーしたクモル23と出場の旧国の混結編成です。

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CKCでは相変わらず赤い電車率が高いですね。

そんなわけで、赤い電車が勢揃い。。。

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年代的には、1985年頃のラインナップですね。

そして、自然と集まった飯田線とその仲間たち。。。

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これだけの車輛が一気に並ぶのもクラブ運転会の良いところですね。

さて、夕食の時間になりまして・・・

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今回は、お座敷での食事となりました。

夜も消灯時刻まで運転会は続きますが、飲酒運転も絶好調になり事故調の出場とか・・・

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楽しい夜は更けてゆくのでありました。。。

(つづく)
  1. 2012/06/25(月) 09:57:53|
  2. 運転会
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6月23日

今日、6月23日は沖縄慰霊の日です。

67年前の6月23日に沖縄戦で指揮を執った牛島満中将が自決し、沖縄戦の組織的戦闘が終わった日とされているのです。

しかし、沖縄戦ではこの日以降もさることながら、終戦の日を向かえた8月15日以降も戦闘は続き多くの犠牲者が出ています。
これは、牛島満中将が自決の際に「生きて虜囚の辱めを受くることなく、悠久の大義に生くべし」と降伏を否定する命令を残したことも一因と言われています。

本当の集結は9月7日の沖縄守備軍の降伏調印と言われています。

沖縄戦の歴史を記した本によれば、沖縄の住民にとって『沖縄戦が終結した日』は米軍に保護され捕虜収容所に入った日・・・と記されています。
つまり、4月の人もいれば9月の人もいるわけです。

あくまでも、6月23日は節目の一つという事になりますが、今日は沖縄にとって大切な日とされています。

今日だから聴きたい曲と・『月桃』を貼っておきます。







1.月桃ゆれて 花咲けば 夏のたよりは 南風 緑は萌える うりずんの ふるさとの夏

2.月桃白い花のかんざし 村のはずれの石垣に 手に取る人も 今はいない ふるさとの夏

3.摩文仁の丘の 祈りの歌に 夏の真昼は 青い空 誓いの言葉 今も新たな ふるさとの夏

4.海はまぶしい キャンの岬に 寄せくる波は 変わらねど 変わるはてない 浮世の情け ふるさとの夏

5.六月二十三日待たず 月桃の花 散りました 長い長い 煙たなびく ふるさとの夏

6.香れよ香れ 月桃の花 永久(とわ)に咲く身の 花心 変わらぬ命 変わらぬ心 ふるさとの夏





戦後67年・・・今の沖縄は本当に平和なのでしょうか???

その答えは、残念ながら良いものではないと思います。


だからこそ、沖縄戦の事実や今の現状を知る事が大切だと思います。


沖縄戦で亡くなった方々へ・・・


合掌。
  1. 2012/06/23(土) 05:45:52|
  2. 日々の事
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思いつきの試作機-GN901の製作

ふと在庫の電子パーツを漁っていたらパワーパックがつくれそうなパーツが揃っていたので、製作に取り掛かりました。

以前から、1台で2系統運転(前後進・速度の制御)ができる機種が欲しかったのですが、市販品ではなかなか無い上にあっても高価なので自作したいと思っていました。

回路は、スイッチング電源(12V/2A)を使用し、昔からよく知られ2SD560というトランジスタを使ったシンプルなものを採用することにして、先ずはシャーシに取り付け穴を空けて、スイッチやボリューム、ジャックを取り付けました。


DSCN4885[1]


電源スイッチは照光式のもの、前後進スイッチはスライドスイッッチを採用していますが、これは私の拘りでして、スイッチの位置で動作状態が分り嵩張らない物を選んでいます。

よく使われるディツプスイッチはどうしても嵩張り、ツマミが折れたりした例を見たことがあるので、取り付け穴は簡単で済みますが採用を見送っています。
角穴は、開けるのが厄介で、今回もやや大きく開けてしまい、見苦しくなっています・・・・。

照光式スイッチは値が張りますが、別に表示灯を取付けなくてよいのでこちらを採用しています。

電子部品の配置にはラグ板を使い、空中配線で済ませています。

DSCN4893.jpg

過電流保護用のPTCの先には、同じ回路が二つ並んでいます。
シンプルな回路とはいえ、結構ゴチャゴチャした回路になってしまいました。。。


テスターで動作試験をした後、実践運転の試験です。

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思いの他、スローが効きました。

シャーシを組み立て、完成です

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以前、同じ回路でパワーパックを作りましたが、トランジスタの放熱を考えずに作ってしまい、すぐに故障してしまいました。
今回は、アルミシャーシにヒートシンクも取り付けているので、耐久性は上がったはずです。
明日からのモジュール運転会で、耐久試験を行いたいと思います。
  1. 2012/06/23(土) 00:09:37|
  2. 四宮技術区(保線・電力)
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土地改良-2

昨日の出勤前に、土手部分の下地塗装(フラットアース)し、パウダーをまきました。
線路側の荒地もパウダーをまいて、自然なカーブにしました。

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今朝の出勤前に柵をサクサク取り付けました。

駐車場のラインをICテープ引き、左側のスペースは路線バスのバス停スペースの想定です。

あまり陽の目見ない、バスコレ・観光バスシリーズに登場してもらいました。

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もちろん、怪しいツアーバスなんていません。
安全・安心・快適な私鉄のバスでアリマス。
並べてみると、観光バスも年式によって、幅や高さがずいぶんと違っていますね。

とりあえず、なんとかデッチ上げました。



・・掘米ケーブル平松口駅は、四季折々の花が楽しめる小田島山への気軽なアクセスとして、1950年代後半に地元で大規模なバス事業を展開する堀米交通が敷設したケーブルカーです。
始発の平松口は大盛炒飯線の駅に最も近い登山口で、駅から堀米交通グループの路線バスがアクセスしているほか、観光バスの駐車場も設けられ、登山客やハイキング客で賑わっています・・・・。


と、そんな想定で作ったモジュールです。
しかし、ただ今の人口はゼロ・・・。
もう少し緑あってもイイような・・・。


時間の許す限り、細かい調整です。


  1. 2012/06/21(木) 22:01:21|
  2. 四宮技術区(保線・電力)
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映画館の改築

先ずは抜けた屋根を取り付けました。

DSCN4874.jpg

手元に余っていた、エバーグリーンの溝付きのプラ板をグレーに塗りはめ込みました。

映画館の名前が書かれた部分を銅色で塗りつぶしました。

で、これがどんな建物になったかといいますと・・・

適当にエクセルで看板を作り貼っただけのお手軽すぎる工作でこうなりまして・・・


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観光地の入口にあるケーブルカーの駅という設定です。
  1. 2012/06/20(水) 13:00:58|
  2. 名前の無い工務店
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土地改良

週末は毎年恒例のモジュールオフです。
私が初めて作ったモジュール・南西空港も年数が経ち、破損や劣化が出てきましたので、別のモジュールへ改築することにしました。

DSCN4872[1]

好きなモジュールではあったのですが、飽きてきたというのが本音です。
期日も少ないので、ベースは変えず、カーブ内側部分のみの改良に留めます。

材料も新規購入はせずに在庫を生かします。
ストラクチャーは、ジャンク箱に転がっていた屋根が抜けた(つまり無くした・・・)映画館の入口を使います。

今回のモジュールオフのテーマは、『バスのある風景』。
よって、内側隅に高台を設け手前はバス駐車場にします。

まぁ、観光地という設定です。


で、定石通りのプラスター塗布が済みました。

DSCN4873[1]

高台へ上がる階段は、ジャンク箱にあったGMの歩道橋の物を使用しました。

乾くまでストラクチャー工作です。

  1. 2012/06/20(水) 12:35:55|
  2. 四宮技術区(保線・電力)
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カセットテープ

少し前の話になりますが、友人より画像のカセットを戴きました。

DSCN4870.jpg DSCN4871.jpg

開封するのが何となくもったいなくて、未だに開けられずにいます。。。
  1. 2012/06/20(水) 01:05:04|
  2. 日々の事
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5月最後の週末は、アート好きの友人と美術館へ

新国立美術館で、セザンヌ展と大エルミタージュ美術館展の二つの企画展を欲張って鑑賞

流石に一日二つは疲れましたが、どちらも良い企画展でアリマシタ


で、せっかくなので、スカイツリータウンで食事でも・・・と業平橋まで足を伸ばしてみました。
19時過ぎの遅い時間ではありましたが、かなりの人出

TOBUさん大成功ですな

結局食事は諦めて、スカイツリータウン内で食べ歩きだけしましたが、面白そうなお店が多く落ち着いた頃にゆっくり来たいですな。。。

で、浅草から見たスカイツリーは雅カラー


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来た甲斐がありました

結局、適当な居酒屋で一杯


夜勤明けながらも付き合ってくれたクミさんサンキュー
  1. 2012/06/17(日) 22:44:09|
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夢の続き・・・その6

出勤前に夢の続き・・・こと、東急5000系・5050+5054の仕上げます。

インレタから特定の文字を拾って転写しますがこれが相変わらず苦手です・・・。
東急マークは取り付け位置の幅よりも広いので、ステッカーの幅をギリギリまで詰めて取り付けました。

クリアーとガラスを入れた後クリアーを吹き、方向幕を取り付け、パンタと無線アンテナを取り付ければ完成

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アンテナの形状がイマイチなので、後々取り替えたいと思いますが、買いに行く暇もありそうにないので、これで来週の運転会へ持参します。


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古いキットで合いも悪かったり、手を焼く部分も多かったのですが、完成してみると嬉しいものです。
多少オーバースケールらしいのですが、顔の造形等は非常に良いキットだと思います。(自分が生かせているかは別として・・・)

早速、湯たんぽ・5200と混結してみます。

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これで、東横線で1年程の期間見られた編成を模型で再現できます。
この編成は、動力を持たない完全な増結用ですが、5054の方向幕が『目黒』になっている通り、この先も『夢』があります。

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サハを作って動力を入れて、末期の目蒲線運用の頃を再現する予定です。
まだまだ『夢』が続きそうです。
  1. 2012/06/17(日) 13:34:41|
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飯田線のバラード~2

塗り上がった車輛にインレタを入れて行きます。

普段は、私鉄電車の工作が多いだけに、旧国の工作は新鮮です。



クハユニに『荷物』や『郵〒便』の文字が入ると、楽しくなってきます。
実車より窓が一つ少ない困ったちゃんなキットらしいですが、あまり気にしていません。
まぁ、このあたりが、思い入れの温度差なのかもしれませんが・・・。

クリアーを吹いた後、別付けするパーツを取り付け、ガラスを入れてゆく定石通りの工作が進みます。

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動力はクハユニに入れますが、予算と在庫の関係でGMの凸型動力ユニットを使用しました。
模型でも、『旧型』になってしまいました。。。

そんなわけで、クハユニの方はTNカプラーを取り付けましたが、クモハの方はダミーカプラーにしてあります。
本当は逆の方がイイはずですが、飯田線の旧国の増備予定も無いのでこれで良しとします。

さて、車体と床下を組み合わせて、完成~

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とりあえず、宿題の一つ『荷物電車』は達成です。
混結電車も頑張らないと・・・。

まぁ、この編成も42系と51系の混結なのではありますが・・・。

たまたまなのでしょうが、模型仲間が飯田線の旧国をせっせと作っているようで、それに影響されたのか、御大は三十ン年前の流電を引っ張り出したりしているようでアリマス。

来週は、飯田線のバラードが大合唱で奏でられるのか???

さて、ED62も引っ張り出さないと・・・。
誰か、EF10持ってこないかなぁ・・・
  1. 2012/06/17(日) 02:06:38|
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工作諸々

沖縄関連の記事をエラく引っ張りましたが、工作もボチボチやっていまして・・・。
まぁ、工作をしながら記事を書いていたので、ダラダラ伸びたのであったりシマス。


6月のとある週末に、某氏への誕生日プレゼントで作った車輛を納車。(←押し付けといふ)

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で、その直後に某メーカーから珍しく単品販売する発表がアリマシテ。。。
オシ16も同じ結果になるかも・・・・。

久しぶりにコンプを回して塗装したりしました。

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新聞記事は意欲よりも怒りがかき立ちますが、模型の意欲はかき立ってオリマス。。。

さて、期限まで一週間。。。。
  1. 2012/06/16(土) 00:30:32|
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40年目の沖縄へ~8

5月16日。
今回の沖縄滞在も最終日です。

残された時間を有効に活用すべく朝から活動します。

先ずは南風原町の沖縄公文書館へ向かいます。
南風原町といえども、首里に近い場所です。

こちらで開催されている復帰40年の企画展を見学します。

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写真展示が中心でしたが、琉球政府時代の公文書資料も多数展示されており、興味深いものがありました。
時間があるときにまた訪れてみたいと思います。

その後、昨日と同じく嘉数高台公園へ。

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展望塔の最上段からの眺めは、昨日の眺め以上に住宅地の真ん中にある基地であることを思い知らされます。
見学に行った時には、官僚らしい人が宜野湾市の職員の方から色々と説明を受けていました。

この場所でこの現状を見たのなら、本腰入れて解決に臨んでほしいですね。

宜野湾から南下して隣の浦添市へ。
浦添市美術館で行われている復帰40年の写真展を見学します。

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今回は、幾つもの写真展を見学しましたが、この美術館で行われている写真展は未だに沖縄戦の傷を背負う戦争被災者の肖像も展示されており、戦争が終結したとされても人々の傷はいつまでの残る苛酷な現実を見せつけられました。
この写真展は、浦添市美術館の常設展示と勝るとも劣らない規模のものでしたが、入館料は無料。

多くの方にこの写真展を見てほしいという主催者の気持ちなのでしょう。私も同じ気持ちになりました。


展示を見た後は、首里へ。
首里名物・山城まんじゅうっを買いに行きます。

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サンニンの葉で包まれた柏餅ののような『まんじゅう』は香りも高く質素な味の餡共々心を落ち着かせてくれる味です。

那覇に戻ってレンタカーを返却し、国際通りで最後の買い物をしたらモノレールで空港へ。


毎回同じく、空港内のA&Wで食事を済ませたら、いよいよ沖縄を離れます。

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今回の沖縄は、今までにない経験をすることができました。
今までも、平和や基地問題について考えてきましたが、沖縄の日本復帰についてはそれほど考えていなかった事を改めて感じました。

沖縄が日本である・・・ということが当たり前とされていて、沖縄が沖縄である事に気づいていなかったからだと思います。
これは、基地問題も同じで、基地ありきで考えるからこそ本質が見えてこない・・・そんな気がしました。

沖縄は、沖縄であって、アメリカでもなければ日本でもない・・・。

そんな気もしましたが、沖縄の知人が、「色々と問題はあるけれど、私は日本沖縄に復帰して良かったと思う」との言葉が内地の人間としては救われた気がしました。


さて、次はいつ沖縄へ行くか・・・。
その時は、また新しい沖縄が見えてくることでしょう。


  1. 2012/06/12(火) 11:33:08|
  2. 日々の事
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40年目の沖縄へ~7

さて、一日あけた5月15日。

この日こそ、沖縄が日本復帰となって40年目を迎えた日であります。

全国ニュースでは何本かあるニュースのうちの1つに過ぎませんが、沖縄では大変大きく取り上げられています。

さて、この日だから行きたい場所を目指します。
クルマに流れるラジオでも、復帰についての話題が色々と流れてきます。

着いた先はこちら。

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普天間基地が見下ろせる公園としても有名な場所ですが、この場所一帯は沖縄戦最大の激戦地と言われた場所で、9万人以上の方が犠牲になったと言われています。
南部が激戦地として有名ではありますが、沖縄戦全体で20万人強の犠牲者がいる中でこの9万人以上という数字はその戦闘の激しさを物語っていますね。

此の地区は日米共に軍人の犠牲者が多く、民間人の犠牲者が圧倒的に多かった南部と違うところです。
その為か、沖縄以外の人にはこの悲劇はあまり知られていません。

今は緑が広がる公園・・・。

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この公園には、普天間基地を見渡す展望塔以外にも戦跡があり、近隣の戦跡含めて案内板に記されています。

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展望塔のすぐ下にあるトーチカの跡は、この場所が戦地であった事を今に伝える遺跡です。

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単なるコンクリートの塊に見えますが、銃眼と呼ばれる銃を出すための小窓が設けれており、普通のコンクリートの塊とは明らかに違います。

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大きく変形しているこちら側は、銃撃や砲撃を受けた痕跡だそうです。

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他にも、軍陣地壕が残されていたり・・・

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近所の民家より移設された弾痕の残る塀等があります。

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街中にある公園ですが、沖縄戦の跡が多数あり、沖縄を訪れた際にはしっかりと見学したい公園です。

さて、いよいよ展望塔に上り最上階から普天間基地を見よう思ったらこんな掲示が・・。

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長い時間ではなかったのでしょうが、40年目の5月15日という日にこの展望塔の一部を閉鎖する必要はあるのでしょうか?
報道で訴える事も必要でしょうが、百聞は一見にしかずと言います。

この展望塔がここに建つ意味を考えれば、少し無神経な気がしてなりません。

とりあえず見える場所から40年目の5月15日も暫定的に使用され続けている普天間基地。

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この基地がどれだけ住宅が密集した中にあるかが分るかと思います。
ここまでして、基地を作る必要があるのでしょうか???

この場所に来る度に考えさせられます。


さて、国道58号線を北上し、途中、北谷のA&Wでドライブスルー。

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駐車場へクルマを止めて、マイクで注文すると店員さんがクルマまで届けてくれる内地では無い珍しいシステムです。
これも、アメリカの影響でして、この沖縄のA&Wこそが、日本初のファーストフードチェーン店だそうです。

日本初と言っても、その頃(1950年代)は『アメリカ』だったので、日本初とはならい・・・という説もあるそうで。。。

まぁ、ファーストフード1つにも5・15が関係してくるが沖縄の現実であります。


北谷まで来たのなら、『アメリ感アメリ館』へ。

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パイとステーキという名前の通りアメリカの食文化の影響を大きく受けた沖縄らしいお店です。
ここのパフィというyお菓子がとても美味しく、お土産用にいつも買って帰ります。


国道58号線へ戻り、さらに北上すると両側に嘉手納基地が広がってきます。

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片側3車線の国道58号線の両側は嘉手納基地のエリアでして、国道58号線の真上が戦闘機の離着の陸経路になっていたりします。

そして、こちらへ立ち寄ります。


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嘉手納基地の様子を一望できる『道の駅かでな』です。
こちらの3階からは、嘉手納基地が一望でき、平和学習で訪れる生徒も多いようです。

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普天間基地に比べれば、周辺に民家こそ少ないものの、東洋一と言われる広大な基地の様子が一目瞭然です。
見学している間は離着陸こそなかったものの、駐機してある戦闘機からはエンジンの轟音が鳴り響いていました。

『道の駅かでな』の2階には、学習展示室が併設されており、嘉手納基地はじめ嘉手納の歴史が紹介されています。

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画像の通り、基地についての展示が大多数になっていますが、以前訪れた際には基地以外の展示も充実しており、それらが無くなって映像での解説だけになってしまっていたのは残念なところですね。

1階の売店では、戦闘機の写真が販売されていたりします。

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この道の駅は、基地の撤去を求めたいのか、基地を推進したいのか、いみかじわからんさー!!!(意味が分からない)

さて、『道の駅かでな』のまえにある小高い丘に・・・。

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これが、『安保の丘』と言われる場d所で、平和運動でも集会等が行われて場所だそうです。

畑の一角のような場所で、丘とは言え対面に建つ『道の駅かでな』の方が遥かに高くそびえています。

丘の上は、少し広い場所があり、基地に近づけるだけ近づいてみました。

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『道の駅かでな』で見ていたよりも、さらに嘉手納基地が大きく感じます。

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戦闘機もすぐ目の前に・・・。

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戦争の道具が目の前にある・・・基地の近くの恐怖を感じる場所でした。


40年経っても変わらない現実・・・。
次の40年は変わっていて欲しいものです。。。

  1. 2012/06/11(月) 23:36:50|
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40年目の沖縄へ~6

明けて5月14日。

昨日までの平和行進や県民大会の様子は、沖縄タイムス・琉球新報の沖縄の新聞2紙で大きく取り上げていました。

一緒に平和行進を歩いた仲間は今日の午後の便で帰路に就くそうで、地元の方の案内で午前中の限られた時間ではありますが南部の戦跡をレンタカーで巡ることにしました。

先ずは、南城市に残る軍陣地に使われたガマへ。

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海を見渡せる高台の岩肌にあるガマを利用した陣地跡ですが、案内が無ければどこにあるか分からない場所です。
軍の陣地だっただけに目立たない場所を選んでいるのでしょう。

つい最近も、沖縄本島北部で軍が作ったと思われる壕が見つかりニュースになりました。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-191725-storytopic-1.html

ガマの中はもちろん真っ暗でしたが、懐中電灯で照らしてみると足元には古い瓶の破片が転がっていおたりします。
このガマは、天井が高く、通路もしっかりと掘られており、住民たちが使用していたガマや壕とは違います。
思った以上に大きなガマでした。

67年前は、このガマで何が起きていたのか・・・。

その答えはわかりませんが、もう二度と同じ使われ方をされない事を願いたいものです。

ガマを見学した後、クルマを少し走らせて糸数城へ。


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この城跡は、天然石を積み上げて作られた城壁で、沖縄の城跡でも古い城跡の一つだそうです。
このアーチゴツゴツした岩で築かれておおり、この山の上までよく積み上げたものだと思います。

この城跡近くには、有名なアブチラガマがあり、見学したかったのですが、案内してくださる平和ガイドの方が手配できずに今回は断念しました。

2月に沖縄へ来た際に寄ったのですが、この日見学したガマとは違い天井が低く劣悪な感じがしました。
もちろん、使用された経緯や目的が違うので一概に比べられるものではありませんでしたが。

糸数城跡から、摩文仁の平和祈念資料館へ。

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何度も来ている場所ですが、自分が一番ゆっくり見学していました。
ひめゆり資料館もそうですが、来る度に見学時間が長くなっているような気がします。

見学後は、平和行進の帰着点となった南風原町文化センターへ。
ここは、南風原陸軍病院のあった場所に建てられており、その史実を伝えるべく併設の資料館には病院壕を再現したコーナーもあります。

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完全なモッグアップではありあますが、病院壕内の雰囲気をよく伝えており、恐ろしさを感じました。

仲間を空港に送り、パレットくもじ内にある那覇市歴史博物館で開催されている復帰40年の写真展へ。
(何故かアップすると画像が横になってしまいます・・・)

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終戦後から、復帰までの写真資料を中心に展示していますが、とても限られたスペースでは足りない程の量があるのは明らかです。
しかし、その中でも選りすぐりの写真が展示されていました。

『日本復帰』とは何だったか・・・。

本当にそれが正解だったのか・・・。

そんな事を考えさせられます。

その後、那覇市内をブラブラ・・・。

思いがけなく知り合いにあったりして、夜はライブハウスでurukaさんのライブを観てきました。


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  1. 2012/06/09(土) 11:44:44|
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40年目の沖縄へ~5

平和行進を終えた翌日、首里のホテルで目を覚ましました。

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那覇の街があ一望できる高台にある首里。
沖縄戦の時には軍の司令部が置かれており、首里やその周辺でも激しい戦闘が繰り広げれたようです。

今日は、普天間基地の包囲行動です。
先ずは、宜野湾市役所での出発式に参加します。

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我々のコースは南ウィングなので、市役所から国道330号線を普天間基地に沿って南下します。

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沖縄へ来る度に必ず通るこ通いなれた道。
しかし、いつもと大きく違うのは、日常に溶け込んでしまった基地に対して抗議する仲間が集結し、基地の撤去を訴えているという事。

長田交差点を右折し、2004年に米軍ヘリが墜落した沖縄国際大学の横を通ります。
私が平和について考えるきっかけになった場所です。
墜落事故から半月を経た2004年9月に撮影した画像を掲載あしておきます。

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今、改めて画像を見ると、むき出しになった鉄筋、黒く焼けた壁や地面・・・。
事故の大きさを物語っています。

今にして思えば、伝える為にももっと多くの画像を残しておけばよかったかと悔やまれます。
しかし、この画像を撮るにも相当躊躇し、3枚の画像を撮る事が当時の私には精いっぱいでした。
平和や戦争の史実を伝える為には先ずは知る事ですが、知る事の難しさを最近感じています。

包囲行動最大のヤマ場・佐真下近くの普天間基地第二ゲート前で、シュプレヒコールを上げます。

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基地がある非日常が日常の沖縄。。。
このような現状を早く改善することを願わずにはいられません。

この日の休憩ポイントは、森川公園。
普天間基地に隣接した公園で、公園の上に行くと、基地のフェンス。。。

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沖縄の現状を象徴するような場所です。


休憩の後は、5.15平和とくらしを守る県民大会が行われる宜野湾海浜公園へ。

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その後、5.15平和とくらしを守る県民大会へ参加します。

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県民大会の講演の中で、

『40年前に5.15を迎えた時、日の丸を掲げて復帰運動に携わった人たちは与儀公園の復帰反対集会に集結し、復帰に反対していた人たちは日の丸を掲げて万歳をして喜んだ・・・。基地が残された沖縄が復帰する先が日本よかったのか・・・。』

この言葉が重く響きました。

沖縄が日本に復帰した事が良かったのか・・・。
その事については、自分では答えを出せません。

一つだけ言える事は、基地問題をはじめ平和について考える事を忘れてはならないという事。。。
  1. 2012/06/04(月) 09:36:58|
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40年目の沖縄へ~4

沖縄平和行進2日目となった5月12日、スタートは糸満市摩文仁の平和祈念公園から。
今日は南城市・八重瀬町を経て、南風原町文化センターまでのルートです。

平和祈念公園前にある海は、沖縄を象徴するかのような青い海。
この海が、戦争中は戦争犠牲者の血の色で赤く染まったそうで、眼前に広がる静かな青い海の色を見れば見るほどに考えさせられるものがあります。


今日のコースも、緑豊かな畑の中を多く歩きます。



緑豊かな畑の下には戦禍の歴史があり、それを踏みしめながらの行進です。
『さというきび畑の歌』という曲が数年前に流行りましたが、その歌の歌詞を容易に想像できるような風景が続きます。

67年前の梅雨、この地で惹き起こされた悲劇・・・。

その土地を歩いてこそ感じる歴史の重み・・・。

そして、今歩ける幸せと、歩く意味・・・。

色々な考えが湧いてきます。

海沿いの道を歩き、奥武島入口を過ぎて脇道から坂道へ入れば南城市中央公民館。
ここで、昼食を取ります。

今日も気温は高く、炎天下の中歩いた体を休めます。


1時間ほど休憩し、再び行進開始です。

程なく、沖縄戦で野戦病院となったアブチラガマのすぐ近くを通ります。
例年、平和行進団でも立ち寄っていたそうですが、残念ながら今回は通過しただけでした。

このガマは、入る際に事前予約や平和ガイドの方をお願いしたりと手間はかかりますが、沖縄戦の歴史を学ぶには是非、とも見て戴きたい場所の一つです。

一度見学させて戴いた事がありますが、あまりにも生々しい状態で残っており、戦争の恐ろしさや愚かさを肌で感じられる場所です。



激戦地であった南部を彷徨よった罪なき人々。。。
昨日と同じく、坂道のきつい道を歩きながら、その道程を想像すると気が重くなります。


高速道路が見えてくれば、間もなくゴールの南風原町文化センターです。


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2日間の沖縄平和行進を歩ききりました。

到着式では南風原町長さんが、この文化センターについて説明してくれます。

この南風原町文化センターのすぐ裏手には陸軍病院壕跡があり状態の良い20号壕を保存・公開していることや、文化センター内の資料室には陸軍病院を再現したコーナーがあること等を紹介してくれました。

この資料室は後日訪れましたが、再現とはいえ野戦病院の生々しさが伝わり恐怖を感じました。


二日間歩いた沖縄平和行進。
平和行進のパンフレットにも書かれていましたが、『歩くことで知る沖縄があります』を強く感じました。

恒久平和や基地撤去を願って行われる沖縄平和行進。

このような行動を行わなくても良い世の中を目指さなくてはなりません。

来年は、平和行進の必要なくなっている世の中であってほしいものです。
  1. 2012/06/04(月) 00:47:56|
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