もーあしび日記

日々の話題や趣味など色々と。

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旅に出ていました-8(広電電車観察)

広島市内でお世話になったのが、広島電鉄の路面電車。

先ずは、元・大阪市電750型がやってきました。

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大阪市電の1601型、1651型、1801型を譲渡されたもので、この769号は1801型が源流の車輛です。


最終日の朝に、広島駅前で出迎えてくれたのは650型。

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現在も3両が活躍する被爆電車。
忌まわしい歴史を今に伝える生き証人です。

車内は、他の車輛に比べて木を使った部分が多く、メンテが大変そうです。

DSCN5576.jpg

ICカードリーダーなど、時代に応じた改造をしながらも、この車輛の存在意義を理解し大切に動かしてゆく広島電鉄の姿勢には拍手を送りたいと思います。

この電車に乗って、紙屋町で下車。

DSCN5577.jpg DSCN5578.jpg

650型を見送ります。

次にやってきたのは、3950型。

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Green Linerシリーズ最後の形式で、以降は低床のGREEN MOVERシリーズとなりました。

で、こちらがGREEN MOVER・5000型

DSCN5585.jpg

日本の低床路面電車において画期的な革命を起こすきっかけになった車輛ですね。


軽快電車シリーズの3700型。

DSCN5579.jpg

先代の3500型の実験的なチョッパ制御から、抵抗制御に戻し手堅く作られた車輛です。

そして、3000型。

DSCN5582.jpg

元・西鉄福岡市内線からの移籍車ですが、この車輛の使い勝手の良さが無ければGreen LinerやGREEN MOVERは生まれなかったでしょうから、日本の路面電車の影の立役者なのかもしれません。

それには、広島電鉄がこの車輛の特性を引き出せた事も大きいですね。

10分もいれば、色々な車輛が楽しめる朝の紙屋町交差点でした。

DSCN5584.jpg
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  1. 2012/11/30(金) 23:36:21|
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旅に出ていました-7(汁なし坦坦麺)

広島で会った友人に教えてもらった広島名物に、『汁なし担担麺』があります。

何でも、入船川口町電停近くにある『きさく』さんが汁なし坦坦麺発祥の店だそうで、行ってみました。

DSCN5565.jpg

基本甘党で、中華料理店でも好んで担担麺は頼まないのですが、友人曰く、「美味くもなければ不味くもない・・でも、ハマる味」との事。
ハマるのなら、美味くないはずは無い・・・と思い、やってきたわけです。

カウンター席だけの店内に入れば、席はいっぱいで10人程度待ち客がいました。
しかし、担担麺の専門店だけあり、回転は良く思いの外待ちません。
そして、待ち客が減るとまた新たに客が入り、常に10人程度はまっている状態の繁盛店です。


これなら、美味くないはずは無い!!!

そう確信し、程なく空いた席に腰掛けました。
すかさず店員さんが、「辛いのは大丈夫ですか?」

まぁ、大丈夫だろうと、「大丈夫です!!」と即答!

DSCN5566.jpg

具は、半熟卵にネギ、ひき肉のシンプルな組み合わせです。
この担担麺を食べる前に10回以上かき混ぜるのが正しい食べ方だそうで、それに従います。

山椒の香りの強い少ないスープにたっぷり麺を絡め、

いただきまーす!!!

う~ん。。。。


う。。。


辛い!!!

想像以上の辛さでした
まぁ、甘かったら坦坦麺じゃないけど。。。

しかし、この辛味がひき肉、麺とよく合い、食感はとてもイイです。
確かに、美味いと形容はしがたいような感じです。
しかし、不味いワケではありません。

今までに感じた事のない心地よい味と表現すればよいのでしょうか・・・。

友人の言う通りの感想です。
そして、食べ終えた後でも、もう少し食べたくなるような味でした。

多分、また広島に来たら食べに来ます。

広島冷麺や、つけ麺を滞在中にいくつか食べましたが、それともまた違う魅力のある汁なし担担麺でした。


あ、お好み焼き食ってなかった。。。




  1. 2012/11/29(木) 23:29:58|
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旅に出ていました-6(会いたい人に会う)

友人との楽しい夜をすごした後は、旅の最終日。

平和公園へ行ってみました。

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2年前にお会いした平和ガイドの三登 浩成さんにもしかしたらお会いできるかと思いやってきました。

少し、探してみたら、川沿いで熱心にガイドされていらっしゃいました。

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この公園のガイドは、いくつも団体や個人でされている方がいるそうです。
三登さんは個人でガイドを始められ、今では三登さん慕って広島の市民の方や、福島から原発被害で避難されている方等が参加されいるそうです。

ガイドが一区切りしたところで、三登さんに挨拶をし、色々とお話しさせていただきました。

とても書ききれ内容ですが、何よりも歴史の真実を知る事の難しさを改めて教えて戴きました。

三登さん、ありがとうございました。
  1. 2012/11/29(木) 23:11:07|
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旅に出ていました-5(ヒロシマを見る)

2年ぶりとなった広島。
目的は友人に会う事なので、友人に会う夜までは時間があります。

2年前に見落とした戦跡を回ります。
『戦跡』とは年に何度か行く沖縄でよく聞く言葉で、この言葉がふさわしいかは分りませんが、原爆で被爆
した建物を見て回ります。

・広電元・千田町変電所


DSCN5551.jpg DSCN5550.jpg

1921年に広島電気軌道火力発電所として、煉瓦作りのボイラー棟と、発電棟して建設されました。
発電の方は後に中国電力からの供給になり、ボイラー棟は倉庫になったそうです。
1945年8月6日の原爆投下では、被害を受けたものの、損傷が少なかった為に3日後には電車の運行が再開されたそうです。
発電棟は、後に外壁が修理され、今のような白っぽい外壁になったそうです。

・広島赤十字病院(広島赤十字・原爆病院)旧病棟


DSCN5556.jpg DSCN5560.jpg


1939年5月1日に開設され、1945年に被爆。
爆心地より1.5kmの距離にあり、爆風で窓枠が変形したものの、炎上は免れ、救護所として多くの被爆者の治療にあたったそうです。

1993年に病院を建て替える際に、貴重な原爆の生き証人として一部がモニュメントとして保存されています。

DSCN5562.jpg

大きく変形した窓枠が、爆風の激しさを物語っています。
モニュメントのは、壁のコンセントが残されており、作り物でない事が分ります。

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同じ場所には、爆風によって粉々になった無数のガラス片が刺さった壁の一部も保存されています。

DSCN5557.jpg

・広島城

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広島城も原爆で被害を受け、現在の物は戦後に再建されたものです。
敷地内には、1829年まで大本営が置かれ、建物は原爆で倒壊したものの基礎は残っています。

そして、原爆投下ともっとも重要な施設が中国軍管区司令部跡です。

DSCN5570.jpg DSCN5569.jpg



正確には、広島城と隣接していいる広島護国神社の敷地内になるそうです。
爆心地からわずか790mにあったものの、軍施設の為に強固に作られており、施設内にいた人の犠牲者はなかったそうです。
この施設にあった軍用電話から、広島市への原子爆弾投下の第一報を外に向けて伝えられたそうです。


・袋町小学校

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広島市内中心部にある小学校で、1937年に建設された当時としては近代的なコンクリート作りの校舎でした。
1945年8月6日の原爆投下により損傷を受けたものの、救護所として利用されました。
また、原爆により煤けて黒くなった壁に、床に散らばっていたチョークを利用して被爆者同士が伝言を残しました。
その跡が、校舎建て替えの際に発見され、旧校舎の一部が保存・公開されています。
館内は撮影禁止の為にお画像はありませんが、原爆投下という悲惨な状況の中でも必死に身内を探し、生きようとした人々の姿が目に浮んできます。

広島市内には多くの被爆建物が今でも多く残り、当時の悲惨さを現代に訴えています。

戦争をするのも人間ならば戦争を止めるのも人間。
そして、過去の過ちに目を叛けないことも大切です。
  1. 2012/11/29(木) 23:08:50|
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旅に出ていました-4

さて、大津線感謝祭の翌日はそのまま足を延ばして広島まで・・・

浜大津駅前では、今年注目(?)のラッピング電車が通過。。。

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元ネタがさっぱり分りません。。。
『千早振る』と聞いて、咄嗟に思い出すのは落語です。
もちろん、カルタがネタなのですが、ストーリーは落語だけあって無茶苦茶でゴザイマス。。。

ま、だから落語として成り立つのですが。。。


乗った京津線の車内で気になるポスターを発見
場所も三条から徒歩圏ということで、急遽寄り道する事にしました。

向かった先は、煉瓦作りの外壁が美しい京都文化博物館。

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と、簡単に書いていますが、思いの他距離があり、ビルばかりの街中に突然と現る立地なので、探すのに難儀しました。

ここで開催されているシャガール展を見学します。

シャガールは、具象的な画家が好きな私にしては珍しく抽象画家ながらも好きな画家なのです。
このシャガール展では、シャガールの描いた絵画を追いながら、彼の一生を見れる展示がされており、有名なユダヤ劇場の壁画も劇場にいる雰囲気を味わえるような展示がされていました。

また、彼は所々で具象的な絵画を残しており、今までのシャガールのイメージとは違うものの、やはりシャガールらしさが描かれた絵画を観れたのはよい刺激でした。

三条駅に戻ったら、ちょうど引退が予定されている8030系・・・というよりも3000系と言った方が通りがイイでしょうか・・・特急電車が入線してきました。

2012-11-17 21.09.40

古くなったものの、京阪のクィーンであることは不動です。
更新前の顔への復元工事や、この日から取り付けられた副標などさらに花を添えています。

更新工事で厚みあるクッションで快適になった座席に身を委ね、大阪までの旅の始まりです。

先頭車だったので、大きく視界の開けたパノラマミック・ウィンドウから前方の景色も楽しめます。
後輩である8000系はもっと大きな視界があるのでしょうが、上から伸びたワイパーのアームが視界に入るのは3000(8030)系ならではのもの。

DSCN5548.jpg


終点の淀屋橋まで乗り、日本橋界隈をブラブラ。。。
特に収穫はありませんでしたが、普段行かない地域のお店は刺激的なものです。

新大阪からのランナーはこちら。(撮影は広島です)

2012-11-17 21.10.32

2012-11-17 21.10.04

指定席が取れず、自由席も混んでいたので、新大阪始発を狙った・・・というだけの理由で特に九州の車輛を狙ったわけではありません。

でも、各席窓側にコンセントが付いていたり、落ち着いた雰囲気の車内は乗り得感がありますね。
たっぷり、充電させて戴きました。

無事に広島到着。

2012-11-17 21.10.57

市内に出れば、連接電車がやってきました。

2012-11-17 21.11.15

2年ぶりの広島です。

つづく
  1. 2012/11/28(水) 23:46:49|
  2. 日々の事
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おきなわフェア

百貨店ではよく聞くフェアですが、系列の百貨店だけではなく鉄道会社そのものが『おきなわフェア』を掲げるのは珍しい企画です。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-199611-storytopic-4.html

今後の企画に注目です。
  1. 2012/11/27(火) 09:30:11|
  2. コラム
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キュービックバス

昨日、仲間のブログを見ていたら、国際興業9501号車の記事があり、自宅にあった写真を何枚か取り込んでみました。(車庫内での画像は許可を受けて撮影したものです)

国際興業9501号車は、車齢の割には珍しい中古移籍車でして、短命に終わったその移籍前の事業者時代の写真です。

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行政主導で開業した辻堂駅~辻堂西海岸までの路線運行を受託するにあたり、この車は新製配置され114号車となりました。
シャーシメーカーに関係なく富士重工ボディーの架装を基本としている事業者で富士重工ボディーを架装したいすゞ車は何台かいましたが、何故か114号車はいすゞ純正ボディーであるキュービック型で導入されました。

また、環境に配慮して当時流行りつつあるアイドリング・ストップ機構や、黒煙フィルターを装備していた事等から、地球にやさしい低公害をPRするマークが側面に貼られ、一般利用者からも目立つ存在であったかと思います。

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2000年の導入で、現在まで続くエルガボディに取って代わられつつある頃でだったと記憶しています。
その為か、この114号車はキュービック型ボディー最後の製造車だそうです。

非公式側です。

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当時、この事業者では珍しくワンステップ車だあったので、低い位置にある窓に違和感を感じた事を覚えています。

鳴り物入りで登場した114号車ですが、1年程で不調になり、鵠沼車庫で休む日が多くなりました。

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左側に『開業100周年』のステッカーが貼られているので、この画像は2002年の撮影だとわかります。

ちなみに、この事業者では、一般路線用のキュービックは114号車だけでしたが、特別支援学校のスクールバスに使用していた特定用に2台いました。

img014.jpg    
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この2台は、114号車と対照的に、排ガス規制いっぱいまでの活躍をして引退しています。

どのような事情があったのかは分りませんが、2002年に、114号車は活躍1年半程でこの事業者からは引退しました。

後継もいすゞ車で、独特のカラーをした新114号車が登場しています。

img018.jpg

この画像にも、『開業100周年』のステッカーが貼られているので2002年であることがわかります。
新114号車の実績があったからか、単に選択できるメーカーが無くなったからかは分りませんが、この後もエルガは何台か導入され、オレンヂ色のバスも登場しています。

そんな特異な存在であった114号車ですが、そのつながり(!?)で、この事業者における特異だった車両を紹介しましょう。

上記にあった、低公害バスのシンボルマークを取り付けた車両は、この事業者には旧114号車を含め3台あり、残りの2台は、三菱ふそうの『MBECS』でした。

510号車。

img015.jpg

エアロスターMと同じボディーを持つMBECSⅡでした。
エアロスターMはこの事業者でも長尺の車が何台かいましたが、510号車の活躍したエリアにはあまり乗り入れておらず、標準尺のエアロスターMは510号車のみでしたので特異な存在でした。

ちなみに、こちらが標準的だった長尺のエアロスターM・MP-218です。

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ボディーだけみれば、こちらの方が特異に見えますが。。。

もう一台は、後継となるMBECSⅢの511号車。

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ニューエアロスターは、このエリアでもそこそこ導入されていたので、低公害バスのマーク以外はそれほど目立つ存在ではありませんでした。
目立たない存在であったかのように、510号車よりも先に引退しました。


決して、古いバスと思っていない車両ばかりなのですが、どの車両も既に過去帳入り。。。
どうりで歳を取るわけです。。。。。。。。。。(はぁ)
  1. 2012/11/26(月) 23:28:26|
  2. 自動車部
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旅に出てました-3(大津線感謝祭)

さて、一夜明けて11月3日。
『大津線感謝祭』の日です。

82号車には、倉庫から掘り出した看板を付けまて・・・

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特急色の603Fは階段が設置されて、車内公開をしています。

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そして、開場。

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お客様をお迎えします。

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今回は、手すき時間を利用して、会場内をブラブラ。。。
定番の人気企画・洗車でGO!!

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洗車機の中を電車で通過するのですが、なかなか迫力ありますな。

方向幕や、実物の信号機器の操作体験や・・・

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パンタグラフの上げ下げは、迫力ありますな。

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こちらも定番企画・トロリーでそろーり

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某テレビ番組の電◎イ◎イ◎棒をヒントにした企画ですが、本家が廃れた今も現役。

午後からは、浜大津のレイアウトの管理へ移動しました。
  1. 2012/11/22(木) 10:09:58|
  2. 四宮電車工場
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旅に出てました-2

さて、京阪電車で大阪から上ってきまして、目的地の大津着。

DSCN5529.jpg

翌日に控えた毎年恒例『大津線感謝祭』の準備です。
今年はの目玉(!?)である600系特急色は、クラの中。

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アント君がお迎えに行きまして・・・

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引き出されてきました。

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そして、転線されて普段は電車が入らない線路へ。

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80系・82号車と並びました。

DSCN5469.jpg

こう並ぶと、80系の床の低さが良く分りますね。

例年通り、82号車の清掃をしてこの日は三条で飲みました

  1. 2012/11/20(火) 10:55:16|
  2. 日々の事
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旅に出てました

先週は、恒例の秋のお出掛けでした。

高速バスで出発です。

2012-11-01 22.40.06

初めて利用した事業者のバスでしたが・・・まぁ期待通りでした。。。

で、梅田駅から阪急電車へ。

2012-11-11 09.15.57

いつも思いのですが、阪急梅田駅の美しさと、9号線まで続く頭端式ホームは壮観ですね。
バスの中でよく眠れなかったこともあって、電車の中でウトウト・・・。

乗り換える駅を行きすぎてしまいました。。。

まぁ、そのおかげで美しい阪急顔を見る事が出来ました!!

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蛍池に戻り、ここから大阪都市モノレールへ。

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モバゲーの『きまぐれ鉄道旅』という位置登録をしてゆくゲームの為の乗車ですが、運賃高ッ!!!
運転本数もラッシュでも8分程度の運転間隔とそれほど多くなく、近隣の交通機関へ利用者が流失していないか気になりましたが本線はそれなりの利用があるようでした。
一方、途中で分岐する彩都線は、ガラガラ・・・。
昼間の運転間隔も20分と、少し不便です。

無事に位置登録をし、門真市から京阪電車へ。
京都方面へ向かうべく萱嶋止まりの電車に乗り、萱嶋で降りたら反対側には原色の電車が!!

2012-11-02 10.24.19

やっぱり、京阪電車はこの色がイイですね。

この先、交野線・宇治線と乗り潰しましたが、来た電車はどれも新塗装。

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中書島で乗り換えた『特急』は、青と白の電車。。。
登場してからだいぶ経ちますが、新しい塗装の京阪電車にはどうも馴染めません。。。

つづく
  1. 2012/11/11(日) 23:28:23|
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