もーあしび日記

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沖縄へ行く 5日目

沖縄5日目の今日は、南部へ行ってみる事にしました。

メインは、南城市にある斉場御嶽(せーふぁーうたき)です。
御嶽とは、南西諸島各地へ分布している『聖地』とされる場所で、神へ祈りを捧げたり神事を行う場所です。
現在でも、地区毎等細かく分布し崇拝されています。
古来、御嶽へは神へ祈りを捧げる女性しか入る事が許されていませんでした。(それだけ沖縄の女性は強いのです・・・)

中でも、斉場御嶽は琉球開びゃくの伝説にも登場し、琉球王国最大の『聖地』とされ、神々の住む島とされる久高島へも近く島へ祈りを捧げる場所(拝所)でもあります。

与那原町を経て国道331号線をひたすら走り、斉場御嶽へ到着です。

1725

ここも、世界遺産へ登録されています。
斉場御嶽内の参道は石が敷き詰められ坂もきつく、大変滑りやすくなっています。
入り口に置いてある杖を持って行く事をお勧めします。

斉場御嶽には、拝所の他、祭りの準備をする為に作られたと思われる遺跡が発掘されており、大きな祭祀が行われていたようです。

参道の途中には、先の沖縄戦の被弾によりできた大きな穴もあります。
沖縄では、何処へ行っても戦争の影があり、平和の尊さを考えずにはいられません。
今ではこの穴に水が溜まり、周囲は小さな生き物の楽園になっていました。

1730

ここまで激しい戦争があったにも関わらず、斉場御嶽の拝所の多くが形を留め新しい命が宿っているのはやはり神の力なのかもしれませんね。

寄満(ユインチ)と呼ばれる場所です。
王府の用語では『台所』を意味する場所だそうで、祭祀の何らかの準備に使われたようです。

1731  

寄満の反対側にあたる場所が、斉場御嶽最大の聖地三庫里(サングーイ)です。

1726 1729



周囲は、自然造型の美しい岩肌が露出しています。

1727

この三庫里の三角岩の先が拝所となっており、最も聖域とされる場所になります。

1728

画像から奥の場所は陽が降り注ぎ、何とも言えない神々しさを感じます。
嫁は、あまりの神々しさに震えが来たそうで、やはり沖縄の女性は違う何かを感じたのかもしれません。
私も、中へ入ると何とも言えない感覚に見舞われ、神々が宿る場所は何かがあるようです。

気になる方は実際に行く事をお勧めします。



斉場御嶽を後にして、ニライカナイ橋を目指します。
橋の近くに展望の良いカフェがあるそうで、行ってみようと思います。
ニライカナイ橋へは331号線を南下(具志頭方向)へ進み、南城市知念庁舎(旧・知念村役場)の先を右へ曲がり登って行きます。
この登って行く橋がニライ橋とカナイ橋です。
ニライカナイとは、遥かなる海を指す言葉で、語意は諸説ありますがニライ(根っこ)カナイ(遥か)と訳するのが一般的のようです。

ニライカナイ橋を渡り、展望の良い事で有名なカフェ・『くるくま』へ到着しましたが、結構混んでおり40分以上待つとの事。
結構、お腹も空いていたので、再度二ライカナイ橋を下り、別の店を探す事にしました。

1734


二ライカナイ橋は、下る方が絶景を見る事ができお勧めです。

1735  1738



絶景を見る事ができたものの、何か食べれそうな飲食店が見つからず、与那原町まで戻りJefというファーストフード店へ。
このファーストフード店は沖縄南部地域へ5店舗しかないものの、ゴーヤーを挟んだハンバーガーがあることで有名です。
ドライブスルーでぬーやるバーガーのセットを注文し、食べてみる事に。
ぬーやるバーガーは、ゴーヤーの入った玉子焼きとスパム、チーズが具として挟まっているハンバーガーで、ゴーヤーの苦味はあまり感じず普通に旨いハンバーガーでした。

腹も満たされたので、識名園へ行くことにしました。

識名園は琉球王府最大の別邸で、国王一家の保養の他外国使臣の接待等に使われました。
先の大戦で建造物の殆どが失われましたが、20年程の歳月をかけて再建され2000年には世界遺産への登録も果たしています。

1753  1754

識名園は廻遊式庭園となっており、歩きながら景色の移り変わりを楽しめる作りです。
入り口すぐ道は木立の緑に囲まれており、那覇の街中にもこんなに緑があるのかとおどろかされます。

1740

両脇の石積みも美しいですね。
この道を抜けると、御殿(うどぅん)です。
識名園の中でも中核をなす建物で、王家一家や外国使臣が滞在したそうです。

1743

明治・大正期にも増築されたそうで、15もの部屋があるそうです。
琉球王府の時代は、赤瓦は上流階級のみに許されていたそうですが、御殿は琉球古民家風の趣きがあります。

御殿から、池を眺めます。

1741

アーチ型の石橋と、周囲の緑が池に映え、美しい情景を醸し出しています。
逆に、池側から見た御殿です。

1748

写真でもよく紹介される構図ですが、最も識名園らしい構図です。
池の奥の道を進みます。

1749

庭園といううよりは、森の中の道という雰囲気の場所で、奥の高台には勧耕台があります。

1752

ここから那覇の街が見下ろす事ができますが、海が見えないように作られています。これは中国からの使臣へもここからの眺めを見せて、琉球が決して小さな国ではない事をアピールしたそうです。

識名園を一通り見学し、沖縄最後の夜は嫁の家族と食事へ。
楽しい夜は早々へ更けて行きました。
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  1. 2008/09/09(火) 23:16:21|
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